Blog / KANO空感設計 あすまい空感日記・・・明日の私(MY)の住まい

大阪北部地震発生・液状化対策、高度な耐震設計、制震設計、家具転倒防止対策、地震時火災対策を行った「備える家/岡崎」のオープンハウス開催7月28・29日

6月18日の朝に大阪北部で大きな地震が起きました。
最大震度は震度6弱です。震源の深さは13キロ、地震の規模(マグニチュード)は6.1。
平成30年6月18日07時58分頃の大阪府北部の地震について(第2報)
名古屋市南区、岐阜市、養老町、安八町で震度4です。
岐阜市で震度4、岐阜羽島駅は混乱

西三河の多くでは震度3で、岡崎市は震度2です。
総務省消防庁は19日午前6時半現在の被害などの状況を発表しました。
大阪北部地震で死者4人、負傷者376人 消防庁発表
以下転記
発表によると、大阪府内で4人の死亡が確認された。

負傷者は2府4県で計376人。内訳は大阪府328人、兵庫県29人、京都府10人、奈良県4人、滋賀県3人、三重県2人。
建物被害は一部損壊が大阪府で183件、京都府で64件、奈良県で3件、兵庫県で2件あった。
大阪府で402カ所に814人、京都府で3カ所の避難所に24人が避難しているほか、兵庫県内には8カ所が開設している。

大阪で震度6弱の地震 写真特集
2018年大阪府北部地震
亡くなった方にご冥福を祈ります。
けがをされた方、家屋等を被災された方など、被災された方々に、心よりお見舞い申し上げます。

活断層集中、浅い直下型 歴史時代に大地震も 「いつ起きてもおかしくなかった」
 

<愛知県西三河を襲った最近の地震>
愛知県の西三河南部の西尾市吉良町を震源とした大きな地震が、今年の4月14日に起こったばかりです。
熊本地震からちょうど2年の日でした。
戦争末期に起きた三河地震は断層型地震です。
また、地震が起きる可能性は否定できないと思われます。
過去ブログ
熊本地震から2年を迎えた4月14日に、三河南部の西尾で大きな地震
三河南部の地震(2018年4月14日)の大震度地点の考察

<東海地方を近い将来に襲う巨大地震>
東海地方の特に太平洋側では、南海トラフ地震による巨大地震が想定されています。
東海、東南海、南海の各地震が同時あるいは、別々に起こる可能性があり、その可能性は毎年、高まっていく一方です。

<KANO空感設計の構造設計>
KANO空感設計では、普段の住宅設計で、建築基準法の求める基準(耐震等級1)よりも上回る、耐震等級3の耐震設計をすることが多いです。
また、許容応力度計算という、床構面や耐力壁線等を考慮した、高度な構造設計をしております。
世の中では、壁量計算という簡易な方法での設計が大半です。
筋交いや耐力面材などの耐力壁の必要長さを計算で求め、東西や南北のバランスをとって配置するのみです。

<余震対策や繰り返しの大地震に備える制震設計>
耐震性能をアップさせた耐震設計を行った上で、地震の揺れを半分に抑える、制震設計として、制震金物を多くの住宅で採用しています。
東日本大震災の前から採用をし続けております。
 
耐震設計を行っても、地震で揺れます。
揺れると、筋交いや耐力面材などを構造躯体(柱、間柱、土台、梁等の横架材等)に固定する釘が緩みます。
そうなると、耐震性能が落ちます。
大きな地震の後には、大きな余震が何度も、起こる可能性が高いです。
大きく揺れるたびに耐震性能が下がっていくので、地震の揺れを半分に抑える制震設計が必要なのです。

<地盤の液状化対策>
大地震で、地盤の液状化が起こる可能性のある敷地では、液状化対策できる、スーパージオ工法やコロンブス工法などの地盤補強をおすすめしています。
いくら、上部の構造体の耐震性を高めたり、制震設計をしたとしても、地盤が液状化してしまうと、揺れが大きくなったり、建物が傾いたりする被害が出る可能性があるからです。
コロンブス工法については過去ブログ
液状化対策の地盤補強工法13 液状化対策工法の置換工法2 コロンブス工法
スーパージオ工法については後述
 

[ 液状化対策・耐震設計・制地震設計を行った「備える家/岡崎」のオープンハウス開催 ]
7月28、29日の土日に岡崎市でオープンハウス(完成見学会)を行う、「備える家/岡崎」は、そのタイトルのごとく、地震など家に対して起こりえる、様々な以下のことに対応した、「備える」家です。
バリアフリー高齢化対策・痴呆対策耐震液状化制震耐風耐久防火防暑・防寒防音防犯プライバシー対策ライフシーンの変化対応、低ランニングコスト、安全対策
見学者・住宅相談者を募集中です。
詳しくはこちらをクリック
愛知三河岡崎の設計事務所 KANO空感設計「備える家/岡崎」7月28・29日オープンハウス(完成見学会)見学・相談者募集中!バリアフリー共有型二世帯住宅
夢やこだわりを、夫婦建築士ならではの、男女の視点から、きめこまやかに細部にわたり、実現しました。
アプローチスロープのあるバリアフリー共有型二世帯住宅で、心安らかな安心・安全住宅です。

<地盤の液状化対策>
敷地が矢作川に近く、事前のボーリング調査を伴う、高度な地盤調査や、採取した土で行った、液状化試験の結果、液状化の恐れがあるとの判定になったため、液状化対策の地盤補強として、スーパージオ工法を採用しています。
過去ブログ
液状化対策の地盤補強工法12 液状化対策工法の置換工法1 スーパージオ工法

<高度な耐震設計・制震設計>
この家は、耐震等級3(最高ランク)、耐風等級2(最高ランク)とした、高度な耐震設計を行っています。
ベタ基礎とし、外周にフーチングと呼ぶ地中梁を設けるだけでなく、内部耐力壁直下の立ち上がり基礎にもフーチングを設けています。
前者はベタ基礎の場合、多くの家で行われていますが、後者は、やってない場合も多いです。
建物外周に耐力面材のアイカ工業製のモイスTMを張り、筋交いも併用しています。
モイスTMについては過去ブログ
耐力面材モイスTM:高耐震性、壁内結露防止、防火性、高気密高断熱化、居住性、環境性など自然素材のよさをもつ多機能建材

内部間仕切壁にも、必要箇所に筋交いを設置しています。
その上で、制震設計として、制震金物のイケヤ工業製のガルコンを設置しています。
過去ブログ
「備える家/岡崎」 地震の揺れを半分に抑える制震金物ガルコン設置
地震の揺れを抑え、繰り返しの余震対策、数度襲ってくる巨大地震対策の制震設計

<既設外構ブロック塀を撤去し、フェンスに取り換え>
今回の地震では、ブロック塀が倒壊し、亡くなった小学生がいます。
この家には、建て替えですが、古い既設ブロック塀がありました。
転倒すると危険ということで、フェンスに取り換えました。

<家具、家電等の転倒防止対策> 
今回の大阪北部地震では、家具が転倒して、圧迫死された方がいます。
オープンハウスの家では、タンスや食器棚や冷蔵庫等の重量物には、転倒防止金物を設置できるように、 下地を入れて、転倒防止金物が設置できるようにしてあります。
1階の室1のテレビは壁掛けとし、転倒しないようになっています。  
 
<地震時火災対策>
地震が起これば、火災が発生する可能性があります。
オープンハウスの家では、耐火性の高い耐力面材のモイスTMを中心とした、外壁全部を防火構造としています。
地震が起きると自動的に分電盤のブレーカーが落ちる感震ブレーカー付の分電盤を採用しています。
地震が納まり、停電していた電気が流れ始めた時に、ショートして火災が起こることがあるので、それを防ぐことができます。
      
      
       

鈴木敏夫プロデューサーの展覧会「言葉の魔法展」のポスターの背景にある名古屋駅前の「カブトビール」の看板・半田赤レンガ建物

前回ブログの続きです。
前回は、「戦前の名古屋や各務原を中心とする東海地方は零戦など戦闘機生産のメッカ・現在は航空宇宙産業のメッカ・多くの航空・宇宙博物館」

<カブトビール>
スタジオジブリの鈴木敏夫プロデューサーの展覧会「言葉の魔法展」のポスターの背景は戦前の名古屋駅前ですが、よく見ると「カブトビール」の看板が見えます。
「カブトビール」はかつて、愛知県半田市にあった丸三麦酒(株)及びその後継会社が製造していたビールの銘柄です。
戦前には愛知県にもビール会社があったのです。東海地方ではシェアナンバーワンでした。

 日本のビール黎明期に、大手4大ビールメーカー(サッポロ(札幌ビール)、アサヒ(大阪麦酒)、キリン(麒麟麦酒)、エビス(日本麦酒))へ果敢に挑戦したのです。
エビスはサッポロに統合し、ブランド名に残っています。
サッポロ本社があり、恵比須ガーデンプレイスのある場所はかつては、エビス(日本麦酒)の工場があり、そこへの輸送用の貨物駅を恵比須駅として開業し、その後、町名も恵比須になりました。
キリンは三菱グループです。
 カブトビール Wikipedia
復刻版のカブトビール

<丸三麦酒>
1887年(明治20年)に、半田の中埜(なかの)酢店の4代目中埜又左衛門と、その甥であり、後に敷島製パンの創業者となる盛田善平が、丸三麦酒醸造所を設立し、「丸三ビール」として販売されたのが、半田でのビール製造の始まりです。
これが後の「加武登麦酒」カブトビールです。

<敷島製パン>
敷島製パンは名古屋に本社があり、パン業界2位です。「Pasco(パスコ)」ブランド
独立前に勤務した名古屋の青島設計で東京の多摩工場の設計のサブ担当となり、工場を調査、見学させてもらったことがあります。
3位のフジパンも名古屋に本社があります。
1位は山崎製パン。世界2位の会社でもあります。
 
<ミツカン・MIZKAN MUSEUM(ミツカンミュージアム)>
中野又左衛門は、ミツカングループの創業家・経営者である中野又左衛門家の当主が受け継ぐ名です。
半田市の、酢で有名なミツカンの企業博物館である、MIZKAN MUSEUM(ミツカンミュージアムMIM(ミム)には行きたいと思っていますが、その前身である、博物館「酢の里」には行ったことがあります。試飲もしました。
この地域でさかんな日本酒の製造後に残る酒粕を用いて酢を作り、米を用いた酢より安価であったため江戸庶民に寿司が普及する要因となりました。
  
<中埜酒造・ 國盛酒の文化館・旧中埜家住宅>  
清酒「国盛」を展開している中埜酒造はかつてはミツカングループでした。
この会社が運営する、半田にある、酒蔵を利用した企業博物館「國盛酒の文化館」も見学したことがあります。試飲もしました。

旧中埜家住宅は国の重要文化財です。ハーフティンバー(木骨を化粧として壁面に現わす)様式の洋館で、中埜半六の別邸です。
夏目漱石の義弟で建築家鈴木禎次(ていじ)が設計しました。

鈴木禎次は私の母校、名古屋工業大学の教授であり、東海地方で多くの建築を設計し、名古屋を作った建築家と呼ばれます。
岡崎では、旧岡崎銀行本店(現・岡崎信用金庫資料館)を設計しています。国の登録有形文化財です。
見学したことがあります。
  
<盛田株式会社>
4代目中埜又左衛門は、盛田家(分家)から中埜家に養子に行った人です。
盛田家は、本社が名古屋にある、盛田株式会社につながっています。
創業地が常滑市の酒類・醤油・調味料・味噌を製造する醸造会社です。
自社ブランドとして清酒「ねのひ」、味噌醤油、調味料商標の「盛田」を展開しています。
盛田家は、ソニー創業者の盛田昭夫の実家です。

<半田の蔵めぐり>
半田には何度も行ってます。
近くの「暮らせる蔵/阿久比」を設計した時に、蔵イメージの参考として、運河沿いに並ぶミツカンの蔵群や、國盛酒の文化館の蔵や、紺屋街道の蔵などの半田の町の蔵めぐりをしたことがあります。
過去ブログ
半田 運河と蔵の街
 
<丸三麦酒の歴史・その後>
1898年に、愛知県半田市榎下町に、のちに半田赤レンガ建物として整備される工場を新築します。
1900年に、パリ万国博覧会で金牌を受賞します。
以降、日本第一麦酒株式会社、次いで、加富登麦酒株式会社に社名変更します。
1922年に、帝国鉱泉株式会社日本製壜株式会社を併合して日本麦酒鉱泉株式会社に改称します。
ユニオンビールと三ツ矢サイダーを製造販売
1933年には大日本麦酒株式会社と合併しました。
1943年に、国策として工場は閉鎖され、ビール工場としての、歴史に幕を下ろします。
大日本麦酒株式会社は、戦後1949年、財閥解体により、サッポロビール株式会社アサヒビール株式会社に分離しました。 
 
1944年に、中島飛行機製作所の衣糧倉庫となり、空襲を受け、機銃掃射で被弾しますが、倒壊は免れました。
中島飛行機製作所については過去ブログ
戦前の飛行機技術が戦後の自動車技術に継承 多くの自動車・バイクメーカーが誕生

<半田赤レンガ建物>
現在、半田赤レンガ建物は国の登録有形文化財に指定され、公開されています。経済産業省の近代化産業遺産に指定。

明治時代に建てられたレンガ建造物としては日本で五本の指に入る規模を誇りました。
ビール工場の遺構は現存数が極めて少ないため、その意味でも貴重な建造物です。
実施設計を明治三巨匠の建築家の妻木頼黄 (つまきよりなか)がしています。
横浜の赤レンガ倉庫や日本橋の装飾部も設計しています。
妻木頼黄は、私の母の出身地であり、子供の頃住んでいた、岐阜県土岐市妻木町(つまぎちょう)の有力武士の妻木氏の末裔です。
2020年の大河ドラマの主役の明智光秀の妻正室の妻木煕子(つまき ひろこ)が、妻木氏の出身です。
その娘は、美人で非業の死を遂げる、キリシタンの細川ガラシャ(玉)。
過去ブログ
明智光秀の正室・妻木煕子 東濃地方の妻木城(土岐市妻木町)を居城とする妻木氏(明智光秀の与力)・子孫に近代建築家の妻木頼黄
   
半田赤レンガ建物 公式
半田赤レンガ建物 – Wikipedia

<半田まつり>
半田には蔵が多いですが、山車の数が多いので、山車蔵も多いです。
最近書いたブログです。
半田の亀崎潮干祭(しおひまつり)の山車行事 がユネスコ無形文化遺産に登録されました。
ユネスコ無形文化遺産「山・鉾・屋台行事」登録・愛知県・東海地方・中部地方の山車祭り・知立まつり、半田まつり、犬山祭、津島天王祭、須成祭、高山祭 他
 

戦前の名古屋や各務原を中心とする東海地方は零戦など戦闘機生産のメッカ・現在は航空宇宙産業のメッカ・多くの航空・宇宙博物館

前回ブログの続きです。
前回は、「名古屋が舞台のジブリ映画「風立ちぬ」・零戦の設計技術者「堀越二郎」が主人公・名古屋の三菱重工業で設計開発生産」
 
戦前の名古屋や各務原を中心とする東海地方は、ジブリ映画「風立ちぬ」の主人公の堀越二郎が設計した、零戦などの戦闘機生産の全国有数の生産地であり、メッカでした。

<零戦>
名古屋ドーム周辺にあった三菱重工業の戦闘機工場で、零式艦上戦闘機、いわゆる「零戦(ゼロ戦)」が設計開発され、生産されました。
零式艦上戦闘機の「零式」は「れいしき」と読みます。ゼロは敵性語だったからです。
零式艦上戦闘機 Wikipedia
当時の日本の軍用機は、採用年次の皇紀下2桁を名称に冠する規定で、零戦の「零式」との名称は、制式採用された1940年(昭和15年)は皇紀2600年にあたり、その下2桁が「00」であるためです。
生産数は日本の戦闘機では最多の1万機以上です。

<零戦の実機展示>
現在は、日本には飛行できない実機(復元含む)が、以下の博物館等に複数あります。
あいち航空ミュージアム(愛知県豊山町の県営名古屋空港)
航空自衛隊浜松基地浜松広報館(静岡県浜松市)
河口湖自動車博物館・飛行舘
(山梨県鳴沢村) 復元3機展示
靖国神社遊就館(東京・九段北)
国立科学博物館(東京・上野公園) 見学した方のブログ 上野・国立科学博物館 で「ゼロ戦に会いに行こう!!」 

日本海軍基地のあった地で、零戦を展示する戦争博物館である以下の館
大和ミュージアム(やまとミュージアム 呉市海事歴史科学館) 零戦展示のページ 
呉は日本の4つの海軍の根拠地である鎮守府のうちの1つ。
戦艦「大和」を建造した東洋一の軍港、日本一の海軍工廠(兵器工場)の街。愛知県豊川市の海軍工廠も大きな工廠でした。
2016年に、他の3つの旧鎮守府とともに、日本国内の鎮守府関連施設は「鎮守府 横須賀・呉・佐世保・舞鶴 〜日本近代化の躍動を体感できるまち〜」として、日本遺産に認定されました。
 
特攻基地があった地で、特攻機として、零戦を展示する戦争博物館である以下の館
知覧特攻平和会館
海上自衛隊鹿屋航空基地史料館
筑前町立大刀洗平和記念館(福岡県朝倉郡筑前町)

<零戦の飛行>
世界じゅうでは、飛行できる実機は5機ありますが、全てアメリカにあり、1機のみオリジナルのエンジン「栄」を積んでいます。
2016年、ゼロエンタープライズ・ジャパンが「零戦里帰りプロジェクト」で復元し、アメリカで登録した機体(N553TT)を、海上自衛隊の鹿屋航空基地(かつての特攻基地、零戦実機展示の鹿屋航空基地資料館がある)で試験飛行させました。
戦後の日本国内で、日本人所有の零戦が飛行するのは初です。
また2017年にはレッドブル・エアレース・ワールドシリーズの千葉大会でデモ飛行を行いました。

2017年レッドブルエアレースワールドシリーズ 千葉
室屋義秀選手が、地元日本の大会で2年連続で優勝しました。2017年に年間総合優勝しました。すごいことです。
テレビで、室屋選手の特集を見たことがあります。
「機動戦士ガンダム」の主人公アムロ・レイに憧れ、パイロットを目指す話や、下積時代からを振り返っていました。
先月、同大会が千葉市幕張海浜公園であり、テレビで見ました。 エアレース世界選手権2018 NHK
2018年レッドブル・エアレース 公式
最大時速375km、最大加速度10Gの過酷な状況下で、スピードで自由自在に飛行機を操り、多くのパイロン(エアゲート)を次々に通過していきます。
 このエアレース世界選手権は、今年、通算11シーズン目で、日本では2015年から毎年開催されています。

< 名古屋発の戦闘機メーカー>
名古屋発の戦闘機メーカーの工場も名古屋にありました。
もともと時計を作っていた、愛知時計電機(株)及びその子会社の愛知航空機(株)です。
愛知航空機(株)は、戦後、いくたびかの変遷を経て、愛知機械工業(株)に社名変更し、終戦直後からは、オート三輪や軽自動車生産をしていました。
現在では、日産自動車の機能子会社となり、エンジン・マニュアルトランスミッションなど自動車部品・産業用部品を中心としたメーカーとなっています。

<各務原の戦闘機工場>
各務原には、堀越二郎が設計した、戦闘機「隼(はやぶさ)」等を生産していた、川崎重工業の岐阜工場がありました。
 
過去ブログ
アイカ工業(株)の歴史 戦闘機製造の愛知時計電機(株)から分離設立・戦前の名古屋・岐阜の航空機産業
戦前の飛行機技術が戦後の自動車技術に継承 多くの自動車・バイクメーカーが誕生

<特攻機>
百田直樹さんの大ヒット小説を映画化した、「永遠の0」は、特攻機となった零戦の特攻隊員の心の葛藤を描くものです。
特攻機については過去ブログ
特攻戦闘機を展示する鹿児島の平和博物館 知覧特攻平和会館・万世特攻平和祈念館・鹿屋航空基地史料館
戦闘機を展示する東京の平和博物館 靖国神社の遊就館

<航空宇宙産業のメッカ>
現在の東海地方は、航空宇宙産業のメッカです。
過去ブログ
躍進する戦後の東海(愛知・岐阜・三重)の航空宇宙産業

<航空・宇宙博物館>
東海地方には、航空・宇宙博物館がたくさんあります。
過去ブログ
東海地方の航空宇宙博物館 あいち航空ミュージアム・MRJミュージアム(共に2017年オープン)・岐阜かかみがはら航空宇宙博物館(2018年3月増築リニューアルオープン)・航空自衛隊浜松広報館 エアーパーク(日本初の航空自衛隊のテーマパーク) 
 
昨年2017年秋、県営名古屋空港内に、あいち航空ミュージアムがオープンしました。
零戦の実機や、戦後初の国産旅客機・YS-11の実機があります。ともに堀越二郎が設計。

岐阜かかみがはら航空宇宙博物館のある、各務原市は日本の航空産業が誕生した地です。
日本現存最古の飛行場である、各務原で初飛行を行った「零戦(十二試艦上戦闘機一号一型)」の実寸大模型を展示しています。
各務原で生産していた、戦闘機「飛燕」の実機展示があります。
これは、日本唯一の残存機体です。

東海地方以外の主な航空宇宙博物館や、そこに展示してある戦闘機を紹介した過去ブログ
東海地方以外の主な航空宇宙博物館 石川県立 航空プラザ・カワサキワールド・所沢航空発祥記念館・航空科学博物館・三菱みなとみらい技術館・河口湖自動車博物館・飛行舘・青森県立三沢航空科学館
 
次回に続く
 「鈴木敏夫プロデューサーの展覧会「言葉の魔法展」のポスターの背景にある名古屋駅前の「カブトビール」の看板・半田市赤レンガ建物」
 

1 53 54 55 56 57 1,093