名古屋・大須の歴史・大須観音、北野神社、万松寺など寺町、門前町・歓楽街としての魅力「猥雑性」
前回ブログの続きです。
たけしやさんまが昔、出演していた、大須演芸場へは、私は、行ったことないですが、私もよく行ったアーケード街を、歩く様子も放送されました。
このふたりの組み合わせはフジテレビ「俺たちひょうきん族」を思い出します。
東海テレビ開局60周年記念番組「たけしが名古屋へやってきた!」の後編で、たけしが行きました。2018年5月4日放送。
前回ブログ
東海テレビ開局60周年記念番組「ナゴヤにたけしがやって来た!」の後編を見ました
東海テレビ開局60周年記念番組「お正月だよ!ぐっさん家!名古屋にさんまさんがやって来ちゃったよSP」でさんまが行きました。2018年1月1日放送。
過去ブログ
東海テレビ開局60周年記念番組「お正月だよ!ぐっさん家!名古屋にさんまさんがやって来ちゃったよSP」を見ました
<寄席のある大須>
大須演芸場に行ってみたいな。
以前、閉館しましたが、すぐに再開館し、存続の危機を乗り越えてきた歴史の古い演芸場です。
寄席については別ブログ
名古屋の寄席・大須演芸場・東京の寄席・お笑いライブハウス
<寺町の大須>
清洲越しの際、家康が、清洲から大須に寺社を集めて移転させたので、たくさんの寺社がある寺町です。
寺町大須
最近、特に神社仏閣や歴史好きになって、大須観音や万松寺などに再訪したいと思いました。
寺にはたくさんの参詣者が来るので、門前町として発展して、店舗が集まり、たくさんの芝居小屋が建つなど、賑わいました。
<大須の町の発祥>
「大須」という地名は「大須観音」に由来します。
大須観音略縁起
大須の由来 大須の町の歴史がわかります。
1324年に、後醍醐天皇の勅願により、尾張国長岡庄大須郷(今の岐阜県羽島市大須)に、菅原道真を祀る京都・北野天満宮から勧進を受けた、北野天満宮(北野社とも)が創建されました。
1333年に後醍醐天皇の勅願により、北野天満宮に、神社の一部として、神宮寺(別当寺ともいう 神仏習合時代にみられる)である北野山真福寺宝生院(ほうしょういん)が創建されました。
織田信長は寺領五百石を寄進しました。
1612年に、徳川家康は清洲越しの一環として、寺が所有していた貴重な書籍を守るためもあり、水害の多い地域であった大須郷から現在地へ移転しました。
<大須観音(真福寺宝生院)>
これにより大須観音界隈は元の地名にちなみ、「大須」と呼ばれるようになりました。
清須越しでは清須にあった地名が、名古屋に元の地名のまま、移転した例もあります。
大須観音は、真言宗智山派の別格本山で、正式名は、北野山真福寺宝生院(ほうしょういん)です。中区大須2丁目21-47
山号が北野山であるのは、北野天満宮の神宮寺として真福寺が創建されたことによります。
ちなみに、岡崎のうちの事務所の近くにも同じ名前の寺があります。聖徳太子創建による三河最古の寺です。
過去ブログ
岡崎・真福寺に参詣 聖徳太子創建の三河最古の寺
徳川家の庇護により、大須の真福寺は栄え、五重塔もありましたが、明治時代に焼失しました。
再建されましたが、空襲でまたも焼失しました。
日本三大観音です。他は、浅草観音(浅草寺 東京都台東区)、津観音(観音寺 三重県津市)です。
羽島から移転してきたので、尾張四観音には入っていません。
尾張四観音は、荒子観音(観音寺 中川区荒子町)、甚目寺観音(甚目寺 あま市)、龍泉寺観音(龍泉寺 守山区竜泉寺)、笠寺観音(笠覆寺(りゅうふくじ) 南区笠寺町)です。
アーケード街の大須観音通りの名前の由来は、もちろん大須観音です。
前述の「たけしが名古屋へやってきた!」では、たけしがこの通りを町歩きしました。
前述の「お正月だよ!ぐっさん家!」では、ぐっさんとさんまがこの通りを町歩きしました。
アーケード街の仁王門通り、東仁王門通りの名前の由来は大須観音の仁王門です。
仁王門も五重塔と同様な経緯で焼失を繰り返しましたが、再建されました。
諸堂案内
<北野神社>
大須観音の北にあります。
清洲越しの一環として、真福寺とともに、この地に北野天満宮が移転し、明治維新の神仏分離令で、真福寺と分けられ、北野神社に改称しました。
ですので、北野神社は、大須観音のおおもとなのです。
しかし、普通の小さな神社であり、学問の神様として崇められる菅原道真をお祠りした天満宮や天神さんとして、有名な名古屋三天神に入っていません。
名古屋三天神は、上野天満宮(千種区赤坂町)、山田天満宮(北区山田町)、桜天神社(中区錦)です。
<万松寺>
万松寺(ばんしょうじ 正式名 萬松寺)は家康が行った清洲越し(清須から名古屋へ町ごと移転)以前は、織田家の菩提寺として、那古野城(名古屋城の二の丸にあった城)の南にありました。
織田信秀(織田信長の父)が開基です。織田信秀の墓碑があります。
徳川家康が幼い頃、織田家に人質としてすごした期間のうち、3年をこの寺で過ごしました。
「うつけもの」と呼ばれていた時代の信長が、父信秀の葬儀の際、この寺で、抹香を位牌に投げつけた逸話が有名です。
からくり人形「信長」でこのシーンも見られます。
信長は、越前浅倉攻めからの帰路に、鉄砲を撃たれましたが、万松寺和尚からもらった干餅を懐に入れていたため、これに当たり、かすり傷ですみました。
この話を加藤清正が聞いて、万松寺に祀られている不動明王のおかげだと、「身代不動明王」と名付けました。
身代り餅つきという行事もあります。
清須越しによる、名古屋城築城の際、現在の場所へ移転しました。
今の境内は小さいですが、移転時には広大な寺域がありました。
1912年、万松寺が寺領の山林(現在の大須3丁目付近)を商業地として開放したことにより、大須商店街が誕生しました。
愛知県図書館 重ね城下絵図 開放前の万松寺の広大な境内がわかります。
アーケード街の万松寺通りの名前の由来となっています。
商売繁盛・家内安全を祈願する「白雪稲荷」、安全祈願・家内安全・学業成就を祈る人々がお参りに訪れる「御深井観音様」、日本最古の一つといわれる「仏足石」などがあります。
万松寺納骨堂がすごいです。
いろいろなデザインの納骨堂がありますが、特にすごいのが、水晶殿です。清らかな水晶の輝きに包まれた、幻想的な空間です。
万松寺の歴史
万松寺フェイスブックページ
<江戸時代の大須>
江戸が徳川吉宗による享保の改革により、質素倹約を強いられていた当時、尾張では、御三家筆頭である尾張徳川家の第7代藩主徳川宗春が、開放政策、規制緩和を行い、芸術、芸能を厚く保護し、空前の繁栄を見せます。
芝居小屋が建ち並ぶ大須界隈は「芸どころ名古屋」の中心地であり、以来大須は町人たちに愛され続けてきました。
<戦前の大須>
戦前、名古屋市内随一の歓楽街となり、劇場、演芸場、映画館などが数多く作られました。
名古屋博物館、動物園、愛知教育博物館、愛知県商品陳列館がありました。
<博覧会の町・大須>
1871年 愛知県初の博覧小会
1906年 日露戦争凱旋記念博覧会
<大須の遊郭>
かつて、大須に遊郭がありました。
1858年に、大須観音の北の北野神社あたりの「日之出町」に芸人宿や娼館ができ、北野新地と呼ばれました。(清安墓地の南、大光院墓地の西の区画)
現在、日ノ出街園や日出神社に名前が残ります。
1874年に、公認の遊郭となりますが、手狭であったことから、その翌年に、西大須へ移転し、元の地名「日之出」にちなんで、旭遊郭(旭廓)と名付けられました。
1923年に、名古屋市の都市拡大が進み、風紀上の問題と、手狭になったことから、中村区大門(中村日赤駅近く)に移転して、中村遊郭となりました。
中村遊郭については別ブログ
名古屋・中村遊郭の歴史・建築的価値・名古屋市都市景観重要建築物
<戦後の大須>
繁栄を誇った、大須は空襲で大きな被害を受けました。
戦災復興都市計画で、100m道路の若宮大通りができ、百貨店が多くあった栄と、人の流れが分断され、大須まできていた市電もなくなってしまいました。栄や名駅に客が流れてしまいました。
名古屋劇場が焼失し、多くの映画館は、TVの普及により、なくなり、 ますます人が来なくなり、昭和40年代にはシャッター商店街化していきました。
1965年 「芸どころ名古屋」の伝統を受け継ぎ、大須演芸場が開館しました。
1967年 名古屋市営地下鉄名城線が開通し、最寄駅として、上前津駅ができます。
1977年 名古屋市営地下鉄鶴舞線が開通し、最寄駅として、上前津駅と大須観音駅ができます。
<電気街の大須>
危機感を抱いた、若手商店主達が1970年代後半に入り、集客を狙って名城大学の助教授や学生と「アクション大須」を実施しました。
続けて、大須大道町人祭を開催し、1977年に、アメ横ビルを建設してそこへ秋葉原から招致した家電店やパソコンショップなどが入りました。
それにより、アメ横ビルが増え、パーツショップや家電販売店、パソコンショップなどが集まり、電気街としての発展を遂げます。
秋葉原、日本橋(大阪)とともに日本三大電気街といわれるようになりました。
しかし、その後、名古屋駅近辺に進出したビックカメラグループ、ヤマダ電機、ヨドバシカメラ等の大型店の進出や郊外大型店等の出店やネットショップの普及などにより、電気街としては縮小傾向にあります。
<現在の大須商店街>
名古屋大須商店街公式ホームページ「アット大須」
2002年 万松寺ビルがオープンしました。
2003年 大規模な大須再開発ビルである、OSU301がオープンしました。
私が勤務していた青島設計は大須にありますが、先輩や後輩が設計をしました。私もかかわっています。
今の大須には、おしゃれな飲食店や衣料品、雑貨店など多くの店が集まるようになり、活気を呈しています。
<リサイクルショップの大須>
多くのおしゃれな古着屋
大須発祥の全国最大手のリサイクルショップのコメ兵:CMのでかい文字と「いらんものは、コメヒョーへ売ろう!」のキャッチコピーはインパクトありました。
大須の本店は、私が勤務した青島設計の先輩や後輩が設計をしました。
<グルメな大須>
大須には、名古屋名物のういろうの店がいくつかあります。
ういろうについて書いたブログ
大須・名古屋名物のういろう・全国のういろう
からあげのお店が多いです。台湾からあげ。さんまがロケで行ったのは、亜細亜坊
チェザリ:世界一のピザ職人の格安ワンコインピザ
<オタク街としての大須>
東京・秋葉原、大阪・日本橋と同様に、近年、大須には、アニメやゲーム等に関するショップ、メイド喫茶などのコンセプトカフェ等が数多く開店し、オタクの街としても注目されています。
2003年に、名古屋発のイベントとして、世界コスプレサミットが名古屋で初開催され、以降毎年夏に、世界中や全国からコスプレーヤーが大須や栄にやってきます。
今年2018年の開催を知らせる報道です。
7月28日から8月5日に名古屋市内(栄オアシス21、大須商店街、名古屋城、愛知県体育館)と近郊のラグーナテンボス(蒲郡市)、博物館明治村(犬山市)などで開催されます。
大須では、「大須コスプレパレード」が行われます。
<世界コスプレサミット2018>過去最多の38の国と地域が参加 名古屋城も撮影スポットに 写真と動画の新コンテストも Yahoo!ニュース 2018年5月13日
昨年2017年開催の様子
世界コスプレサミット2017:各国代表コスプレーヤーが名古屋・大須でパレード “強制成長”のゴンにどよめき
<ローカルアイドルの大須>
大須の女性ローカルアイドルグループ、OS☆U(オーエスユー)が、地域密着の方針を続けながらも、全国区人気になりつつあります。
地元ローカルアイドルが多数誕生し、全国区で人気となっているグループもあります。
愛知・名古屋・大須のグループが活躍し、全国でも人気が出ることはうれしいことです。
別ブログ
愛知・三河・尾張・名古屋・大須の地元女性ローカルアイドルグループたち・SKE48・OS☆U・チームしゃちほこ 他
愛知・名古屋の地元男性ローカルアイドルグループたち・BOYS AND MEN・祭nine.・MAG!C☆PRINCE・#ハッシュタグ 他
<マニアックな大須>
他店と差別化をはかるマニアックな専門店が多く出店しています。
アーチェリー専門店、ダーツ専門店など多数。
<浅草との類似性>
大須は、東京の浅草と似ているところがあります。
日本三大観音の観音様を祀る寺があり、門前町が歓楽街として発展し、名物や寄席があるなど。
別ブログ
東京・浅草の思い出・浅草寺の門前町・歓楽街としての魅力「猥雑性」
次回に続く。名古屋・大須の思い出 学生時代・設計事務所勤務時代・独立後の最初の住宅設計の地





