Blog / KANO空感設計 あすまい空感日記・・・明日の私(MY)の住まい

岡崎と持統天皇 奥山田のしだれ桜を植え、村積山「花園山」命名した女帝

前回ブログの続きです。前回は、岡崎と大友皇子5 小針1号古墳(皇子の御陵説)(小針町)
岡崎とゆかりがある皇室は、大友皇子だけではありません。
岡崎に晩年住んでいた、大友皇子の姉である、女帝の持統天皇は、子に譲位(存命中の譲位は皇極天皇に次ぐ2番目)して、日本史上、初の上皇となった後、702年に、三河行幸で岡崎を訪れています。
大友皇子と大海人皇子が争った、壬申の乱で、功労があった三河の地方豪族をねぎらいました。
三河は、大海人皇子の味方をした地域です。
大友皇子も、持統天皇も、ともに、天智天皇(大化の改新の時は、中大兄皇子)の子です。
壬申の乱で、皇位を争った、天智天皇の弟 天武天皇(乱当時は大海人皇子(おおあまのみこ))の皇后でもあります。
702年に、亡くなり、初の「天皇の火葬」をされました。
持統天皇 wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%8C%81%E7%B5%B1%E5%A4%A9%E7%9A%87

岡崎を訪れた、持統天皇は、岡崎市奥山田町の村積山のふもとに「奥山田のしだれ桜」を植えたとされます。
見事な、しだれ桜の大木で、綺麗に咲いている頃に見たことがあります。
過去ブログ 「岡崎・「奥山田のしだれ桜」 古木の風情」

「奥山田のしだれ桜」
https://okazaki-kanko.jp/point/443

市の天然記念物に指定されています。
高さ17mから流れ落ちるように咲き誇る淡紅白色の花は、多くの花見客を魅了します。
さらに、桜の開花に合わせて開催される「奥山田のしだれ桜まつり」期間中には、地元の方による桜のライトアップや桜茶屋(物産品の即売会)も行われます。

村積山は、秀麗な独立峰であり、三河富士とも、花園山とも呼ばれます。
持統天皇が、花の咲きみだれる美しい景色から「花園山」と名付けました。
村積山自然緑道
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%91%E7%A9%8D%E5%B1%B1%E8%87%AA%E7%84%B6%E7%B7%91%E9%81%93

10月10日~11月12日の約一月間にわたり、持統天皇は三河にいらっしゃいました。
豊田市、豊川市も訪れています。
いつか、ゆかりの神社や史跡を訪れたいと思います。
次回に続く。「岡崎と聖徳太子1 真福寺 聖徳太子が建立、物部真福が施主 三河現存最古の寺 」