Blog / KANO空感設計 あすまい空感日記・・・明日の私(MY)の住まい

岡崎石工団地隣の上宮寺に参詣 聖徳太子創建・三河一向一揆の三河三ヶ寺・浄土真宗の中本山・現代建築デザイン

前回ブログの続きです。
今週末の土日に、団吉くんまつりがおこなわれる、岡崎市上佐々木町の岡崎石工団地の東隣にある上宮寺(じょうぐうじ)に参詣しました。
岡崎市上佐々木町梅ノ木34
岡崎観光きらり百選です。
家康を苦しめた、三河一向一揆の発端となった寺で、一揆の拠点となった浄土真宗三河三ヶ寺のひとつです。
一向とは、一向宗のことで、江戸幕府によって強制的に浄土真宗の公式名称とさせられました。
家康の家臣・菅沼定顕が守護不介入の特権を持っていた上宮寺から、 兵量米の取立てをした事が発端です。
これで、三ヶ寺の全てを参詣しました。
他は、岡崎駅近くの勝蔓寺(しょうまんじ)、安城市南部の本證寺(ほんしょうじ)です。
過去ブログ
家康公を苦しめた三河一向一揆の拠点3ケ寺の1つ勝鬘寺(しょうまんじ)見学

本證寺は周囲に堀をめぐらせ、隅櫓のような太鼓楼のある城郭寺院ですが、上宮寺も、かつては、守りが固い寺でした。
北東南を、とても巨大な妙覚池で囲まれ、三方には土塁と堀をめぐらせ、西にも土塁がありました。
妙覚池は、今はなくなっています。
岡崎市が設置した説明板にも書いてあります。

妙覚池については過去ブログ。
液状化対策の地盤補強工法6 液状化しやすい水害実績地・巨大な元池(幸田町の菱池・岡崎市の妙覚池)

上佐々木町・下佐々木町は矢作(やはぎ)川右岸にありますが、妙覚池に臨む地形にちなんで佐崎・狭崎と称し、のち表記を改めたといいます。「崎」とは、岡崎の崎の意味と同様に、海や川や池や平野に突き出た地形をいいます。

聖徳太子創建の寺です。
聖徳太子がこの地で自身の像(御木像)をつくり、ここに寺を建てるように伝えたことが創建由来です。
山号は太子山です。上宮寺の歴史
聖徳太子は上宮皇子(じょうぐうおうじ)の別名があります。それがこの寺の名の由来です。
岡崎の真福寺も聖徳太子創建の寺です。
過去ブログ
 
岡崎・真福寺に参詣 聖徳太子創建の三河最古の寺

 
本堂等が焼失し、1996年に現代建築デザインで設計され、建て替えられました。
本堂はインドの精舎形式をイメージしたデザインとなっており、かなり大きいです。壁はコンクリート打ち放しです。
屋根の形状がそのまま天井の形状になっており、正面のガラス窓から入ってくる光で、吹の本堂内は明るく、効果的でした。

山門は本堂と同じボールト屋根デザインです。


浄土真宗の中本山として栄えた寺です。
社号碑や鐘楼がとても大きいです。

吊るされている鐘は中宮寺再興に尽力した、初代岡崎藩主・本多康重の妻・妙春尼(みょうしゅんに)の孫の妙怡尼(みょうたいに)よる寄進です。

妙春尼の墓もありました。家康の母・於大と姉妹であり、家康の乳母です。

経堂は漆喰が一部はがれており、昔からある建物だと思われます。

屋根が重なり合う、曲面平面の渡り廊下。本堂と庫裏をつなぎ、間で客殿とも行き来できます。

屋根と屋根のすきまから光が入ってきます。

庫裏は、切妻屋根の現代建築デザインです。こちらもコンクリート打ち放しです。
コンクリート打ち放しの設計をしたことがありますが、美しさを保つには、設計上の様々な配慮と、高い施工技術が必要です。

庫裏の玄関庇。大胆でシャープなモダンデザインです。焼付塗装アルミパネル張りです。

焼失した旧本堂の写真が庫裏内に張ってありました。
屋根が大きな立派な本堂でした。勝蔓寺と本證寺も屋根が大きいので、想像ができます。

大きな岡崎市指定木「上宮寺のたもの木」。

ハナミズキやツツジ、しょうぶなどがきれいでした。
次回に続く。隣の浄慶寺 へ。