岡崎と大友皇子1 玉泉寺(西大友町) 皇子が開基 天皇家の菊紋付の永代供養塔・納骨堂
今週は即位の礼があったので、天皇家に注目が集まっています。
岡崎は古代から、天皇家とゆかりがあります。
岡崎の地名「大友」は、飛鳥時代の天智天皇の子、大友皇子(おおとものみこ)が由来です。
壬申の乱で天皇の弟 大海人皇子(のちの天武天皇)と争って敗れ、岡崎にたどり着き、お住まいになったという説があります。
大仏山 玉泉寺 西大友町寺山46
玉泉寺に最近竣工した、特異な形の永代供養塔・納骨堂の正面に、天皇家の御紋である、大きな菊紋のレリーフがあるのを見つけました。この寺は、大友皇子が創建したと伝えられています。



参考HP
「大友皇子伝説」
http://www.asuka-tobira.com/ootomodenset…/ootomodensetsu.htm
弘文天皇 wikipedia
https://ja.wikipedia.org/…/%E5%BC%98%E6%96%87%E5%A4%A9%E7%9…
この周辺には、来訪説を裏付ける、多くの史跡やゆかりの神社があり、巡ったことがあります。
1870年(明治3年)に漢風諡号「弘文天皇」を贈られ、第39代天皇に列せられましたが、実際に即位したかどうか定かではなく、大友皇子と表記されることも多いです。
次回に続く。「岡崎と大友皇子2 大友天神社(西大友町)」





