Blog / KANO空感設計 あすまい空感日記・・・明日の私(MY)の住まい

全国唯一の南中ソーラン(春日流ソーラン)の正統直接指導の続く岡崎市立北中学校の輝づなソーラン(北中ソーラン)の伝統

前回ブログの続きです。
前回は、岡崎市立北中学校へ授業参観(公開授業)・輝づなソーラン(北中ソーラン)のパネル展示

岡崎市立北中学校の昇降口に、輝づなソーラン(北中ソーラン)について、その歴史や伝統などが詳しく書かれたパネルがありました。

輝づなソーラン (北中ソーラン)は、北海道の稚内(わっかない)市立稚内南中学校から始まり、全国で広まっている、いわゆる「南中ソーラン」の正統派の春日流ソーランでありながら、それを北中オリジナルにアレンジしたものです。
岡崎市立北中学校は、南中ソーラン創始者の春日寿升(かすが じゅしょう)さんから直接指導を受け続けている全国唯一の中学校です。
南中ソーラン wikipedia
岡崎市立北中学校 ホームページ
岡崎市立北中学校 岡崎市ホームページ
  
<ソーラン節とは>
南中ソーラン
ソーランとは、北海道民謡であるソーラン節の名前が由来です。
ソーラン節 Wikipedia 
三橋美智也 ソーラン節   You Tube  歌詞付
その159 ソーラン節 余市町ホームページ
積丹町役場 – ソーラン節のふるさと

ソーラン節の発祥地は、北海道の余市町(よいち)、古平町(ふるびら)、積丹町(しゃこたん)です。
日本海側の小樽の西方の余市郡から積丹半島にかけてのニシン漁がさかんだった地域で、漁の際に唄われた「鰊場作業唄」の一節、「沖揚げ音頭」が分化し、江戸時代の1856年頃に独自に変化したものです。
「ソーラン節発祥之地」はどこか?-ソーラン節と余市・積丹- 「ソーラン節発祥之地碑」が余市町にあります。
鰊場作業唄 Wikipedie
沖揚げ音頭」のルーツは、ヤン衆(出稼ぎ漁師)の主な出身地である、青森県の下北半島付け根西岸周辺の野辺地町の「荷揚げ木遣り唄」から変化したとされます。 
「ソーラン ソーラン」の囃し言葉にちなんで「ソーラン節」と呼ばれるようになり、1952年頃から全国に流行し始めました。
 以前の北海道一周旅行で、積丹半島をまわり、余市町と積丹町に行ったことがあります。
余市町では、ニッカウヰスキーの工場や沖合のローソク岩を見ました。
積丹町では、積丹半島の神威岬や、沖合の神威岩を見ました。

初の外国人ヒロインのNHK朝ドラマ「マッサン」は、余市町が舞台です。2014年9月29日から2015年3月28日まで放送
本作のモデルとなる人物は、ニッカウヰスキーの創業者である竹鶴政孝とその妻リタ(ジェシー・ロベルタ・カウン)で、タイトルの「マッサン」はリタが政孝のことをこう呼んだことにちなんでいます。
マッサン Wikipedia 
前身会社は、リンゴジュース生産から始めた、大日本果汁株式会社 略してニッカ

ソーラン節の発祥地の余市町のゆるキャラがいます。
ソーラン武士くん

<南中ソーランとは>
南中ソーラン(なんちゅうソーラン)は、民謡歌手の伊藤多喜雄さんがソーラン節を、アップテンポにアレンジした曲を用いた踊りの通称名です。
南中ソーランには漁師が魚を捕る動作が入っており、舞祝着をはおり、大漁旗を使った演出があります。
北海道の稚内市立稚内南中学校の教員と生徒が考案した事が名前の由来です。
南中ソーラン 振り付け【全体通し】 “極め組流” soran-bushi    動画 振付が分かりやすいです。
   
<南中ソーランの歴史>
南中ソーラン
南中ソーランの歴史
南中ソーラン 
稚内ブランド認定 地域資源 南中ソーランができるまで・南中ソーランのひろがり
 
全国の中学校が校内暴力などで荒れていた1980年代の初め。
北海道の稚内市立稚内南中学校も、当時、ひどい状況で、「日本一荒れた学校」と呼ばれるほどでした。
1983年に、そんな中、学校をなんとかしようと、子供たちに懸命の呼びかけをした体育教師と1年生部会の教師たちは、ソーラン節の踊りを文化祭の演目に取り入れ、実現しました。
当時の楽曲は、民謡のソーラン節を使っており、リズムもテンポも歌詞も古臭いといって、いやいや踊る生徒たちでしたが、南中の伝統にしようと毎年、続けられました。

1985年に、始まった文化活動発表会の契機に生まれたのが、南中郷土芸能部「学び座」です。
これは民族歌舞団「わらび座」と、荒れから再生を目指す教育活動のスローガンであった「学びあい」の2つの言葉をもじってつけたものです。

1991年に、テレビCMでロック調にアレンジされたソーラン節を耳にした教員が、「これは子どもに間違いなく受ける」と直感しました。その曲は伊藤さんの「TAKiOのソーラン節」でした。
教員がニシン漁の所作から踊りの振り付けを考案し、生徒の意見も反映され、新しいソーラン節は同年の文化活動発表会で演舞されました。

1992年に、校長先生に請われて、伊藤多喜雄さんは「TAKiOのソーラン節」をアレンジした曲「TAKiO’S SOHRAN 2」を提供しました。
そして、北九州を拠点に全国で活躍していた女性舞踏家の春日寿升(かすが じゅしょう)さんに、踊りの指導を依頼しました。

北九州拠点の春日さんは、遠い稚内に赴き、3か月もの間、生徒と共にロック・ソーラン節の振りを考え、その指導に明け暮れました。
こうして誕生したのが南中ソーラン(春日流ソーラン)です。
テレビ東京のプロデュ-サ-に相談をし、子供たちに民謡民舞大賞に出場という目標をもたせました。
そして、ついに、第9回民謡民舞大賞全国大会(主催:テレビ東京)出場がかない、審査員奨励賞を受賞しました。
春日さんのサイト「春日ソーラン」ページの「ソーランへの思い」ページ

1993年に、出場した第10回大会では、グランプリ(内閣総理大臣賞)を受賞します。
大会を放送した番組中で「過去に荒れた中学校だった」というナレーションがあり、その後テレビ東京はドキュメンタリー番組「ドキュメンタリー人間劇場 青春ソーラン節」を放送します。

 
1997稚内南中学校 稚内南中学校の南中ソーラン   動画 伊藤多喜雄さんが歌い、生演奏です。
 
1998年に、安達祐美主演の映画「稚内発-学び座 ソーランの歌が聞こえる」で、特に教育関係者の注目を集めました。
春日さんが指導しました。
春日さんのサイト「春日ソーラン」ページの「学び座」のページ
 
1999年に、ドラマ「3年B組金八先生」の第5シリーズで、生徒たちが文化祭で、南中ソーランを踊ったことで有名になりました。視聴率19.2%を記録。
その後、第6・7シリーズで南中ソーランに取り組む脚本となり、 第7シリーズ最終回ではフルバージョンのシーンとなりました。いずれも春日さんが指導しました。
Soran Bushi 「ソーラン節」  第5シリーズ文化祭の踊りのシーン
Soran Kimpachi Sensei  第7シリーズ最終回の河川敷にてフルバージョンの踊りのシーン
春日さんのサイト「春日ソーラン」ページの「3年B組金八先生」のページ

2003年、伊藤さんは曲目「TAKiOのソーラン節」にて第54回NHK紅白歌合戦に出場し、生徒の演舞が稚内市より同時中継されます。
2004年、稚内で、「南中ソーラン全国交流大会」開催
2005年、「南中ソーラン全国交流祭inわっかない」を開催
2006 年、春日さんは吉本新喜劇のメンバーとともに、「花月ソーラン」を完成。春日さんのサイト「春日ソーラン」ページの「花月ソーラン」のページ
2010年、上海万博で南中ソーランを演舞
2015年、ミラノ万博で南中ソーランを演舞
 
< 南中ソーランの全国への普及>
現在、全国で主に、学校の運動会や体育祭等で南中ソーランが採用され、広まっています。
全国大会が今年8月に発祥地の稚内で行われます。3年に一度開催されています。
南中ソーラン全国交流祭in稚内2018
 
<輝づなソーラン(北中ソーラン)の歴史と伝統>
2000年に、岡崎市立北中学校の輝づなソーランは、南中ソーランを模倣した「北中ソーラン」として始まります。
当時、「岡崎一荒れた中学校」を再生するために取り組んだのです。

2001年に、大久保校長先生は、本物との差が埋められないと感じ、北九州の春日さんに直接の指導を求め、会いに行きますが、断られます。
その後、あきらめきれない校長先生やソーランリーダー達が何度も手紙を送って説得し、ついには、指導を受けることになりました。
11月12日に来校され、指導を受け、北中オリジナルとして完成しました。

2002年1月20日に、授業参観を兼ねた映画鑑賞会で、映画「稚内発-学び座」を観た後、輝づなソーランが披露されました。2004年 よさこい in城下町おかざき」で、岡崎市長賞を受賞。
2011年 輝づなソーランを繋ぐ会が河合校長のもと発足。 

全国の数々の学校でも、春日さんを招へいし、南中ソーラン(春日流ソーラン)を舞うようになりましたが、厳しい指導に耐え抜き、現在まで直接指導が続く、全国唯一の学校が北中学校なのです。

<伊藤多喜雄さんについて
1950年、北海道苫小牧市に漁師の子として生まれ、幼少期から父親が歌う追分と、津軽出身の母親が歌う津軽民謡に親しみ、その声は地元でも評判となります。中学時代は民謡酒場等で歌います。
1966年、集団就職で上京しますが、東京で民謡教室の横を通り、聴こえてくる民謡に、とても懐かしい気持ちになり、民謡を習い始めます。
18歳でNHK民謡オーディションに合格し、一躍「民謡界のホープ」として将来を嘱望されるようになります。
1983年に、和楽器に電子楽器を加えたダイナミックな演奏など、民謡を現代的にアレンジしたスタイルを確立します。
1988年に、「TAKiO ソーラン節」をリリース
1989年に、初の紅白歌合戦に出場し、ソーラン節を歌います。
1991年に、独立し、自身の音楽事務所「TAKIOプロモーション」を設立しました。
全国、世界に民謡を伝える活動をしています。

伊藤多喜雄:オフィシャルサイト
伊藤多喜雄
 南中ソーラン
伊藤 多喜雄セッション「TAKiOのソーラン節」 2016年8月30日 『渋谷和音祭』@SHIBUYA TAKE OFF 7   動画
伊藤多喜雄さんの生歌・生演奏で南中ソーラン総踊り(星の里いわふね 宝deよさこいソーラン)   動画

春日寿升さんについて>
日舞 春日流の二代目。初代春日寿の長女として生まれ、3才から日舞に入門。
1988年、日本舞踊協会コンクールで新人奨励賞を受賞。
舞踊界に新風を巻き起こす。
日本舞踊春日流 公式サイト 春日さんのサイト
同サイトのソーラン節「春日ソーラン」 ページ 
「春日ソーラン」ページの「今までの取り組み」ページに、「平成14年 岡崎市立北中学校」と書かれています。
多くの学校で指導された経歴がありますが、多くは本拠地の北九州近くの九州や中国地方です。
 

春日寿升 南中ソーラン

次回に続く。北海道の初夏の一大イベント「YOSAKOIソーラン祭り」 第27回開催