岡崎・岩津天満宮に参詣6 山全体に咲き誇る東山梅苑の梅
前回のブログの続きで、梅が満開の岡崎の岩津天満宮(岩津天神)の参詣記です。
階段をおりたところ。車のお祓い場所になっています。

珍しい、トイレの神様である厠神社。トイレの前にありました。

東の駐車場には、枝垂れ梅。その奥に見えるのは、飛梅殿。


東山梅苑は、山全体に山頂まで、たくさんの梅が咲き誇っています。白梅に紅梅を挿し木した梅もありました。


菅原道真を祀った、全国各地の有名な天満宮や天神社からの献木の梅がたくさんありました。
一連の参詣記の「その1」で書いていますのでご覧ください。

岩津天満宮が1879年(明治12年)に、焼失した時に、再建に尽力した、岩津天満宮の中興の祖である服部長七を顕彰する、服部長七翁顕彰碑。
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服部長七は碧南出身のすぐれた左官技術である、長七たたきという人造石を考案した、優れた技術者です。
三河産の花崗岩が風化した、まさ土と消石灰を混ぜて、水中で固まり、強いという画期的な工法です。
岩津天満宮で亡くなり、岡崎名誉市民になっています。

以前見学した、安城市の明治用水会館の隣の「水のかんきょう学習館」で知りました。
明治用水や明治用水会館や水のかんきょう学習館の見学記のまとめ過去ブログ。
過去ブログ 安城市の「水のかんきょう学習館」 見学 人造石の写真もあります。
全国で活躍し、明治用水の頭首工(豊田市)も施工しています。
長七たたきのモデル。

以上で、岩津天満宮の参詣記を終わります。
続いて、近くの信光明寺の参詣記へ。
三代松平信光は、松平家の発祥地である豊田市松平郷から、岩津天満宮の近くの岩津城に本拠を移します。
また、近くには信光が創建した、信光明寺があり、観音堂が国の重要文化財です。
もとは、信光明寺の観音堂に、祀られていた、鎌倉・荏柄山天満宮(荏柄天神社)の御分霊を1759年に岩津山頂に神祠が建立され、岩津天満宮が創建されました。





