岡崎・信光明寺に参詣1 岩津天満宮のルーツ
前回のブログの岩津天満宮(岩津天神)の参詣記の続きで、岩津天満宮(岩津天神)の近くの、信光明寺(しんこうみょうじ)の参詣記です。
岡崎観光きらり百選です。岡崎市岩津町字東山47(岩津保育園隣)

岩津天満宮は、信光明寺の観音堂に、芭蕉天神として、祀られていた、神体(菅原道真公)を1759年に岩津山頂に社殿を整え、移したことから始まります。
鎌倉の荏柄山天満宮(荏柄天神社)の御分霊です。
なので、「岩津天神のみでは片まいり」と、岩津天満宮からの道案内板に書かれていました。

徳川家の先祖である、松平家の三代・松平信光は、松平家の発祥地である豊田市松平郷から、岩津天満宮の近くの岩津城に本拠を移します。
信光明寺は信光が1451年に創建し、「信光」の名前が入っています。
父(泰親)と祖父(初代親氏)の菩提を弔うために建てたもので、3人の墓もあります。
武田信玄の率いる北条早雲に攻められ、観音堂と中門以外が全て焼失しますが、家康が再建し、その後も幕府の庇護を受けました。
徳川家光の先祖菩提所です。
室町時代の後土御門天皇の勅願所です。
参道の石垣や塀は歴史を感じさせます。

総門は薬医門という形式です。手前の2本の本柱の背後だけに控え柱があります。
手前の下乗石は、この門の先は、聖地なので、どんな高貴な者でも乗り物からおりて、自分で歩いて参拝しなさいということを意味しています。
奥に見える中門(唐門)との間に、岩津保育園があり、入れないので、参道を戻り、南迂回路で境内に入ります。
うちの子供たちが通った、大樹寺小学校も、大樹寺(松平家・徳川家の菩提寺)の総門と山門との間にありますので、似たような位置関係です。
境内手前に案内板があります。

鐘楼(立派な鐘があります)と観音堂。

中門(唐門)の建築形式は向(むかい)唐門(正面と背面に唐破風屋根)の薬医門です。
創建当時からあります。

本堂内に芭蕉天神が祀ってあります。

本堂前の狛犬は、芭蕉天神のものです。岩津天満宮の狛犬と似ています。

法然上人(曹洞宗開祖)三河二十五霊場の三番です。

慈母観音

次回に続く。





