Blog / KANO空感設計 あすまい空感日記・・・明日の私(MY)の住まい

安城・桜井城址(城山公園)、桜の名所、桜井松平家墓所

安城市桜井町の桜井城址(城山公園)へ行きました。桜井町城阿原
桜まつりの、のぼりがむなしく、今年は開花がかなり早く、4月7日に行ったのですが、全て散っていました。

ここは、徳川家康の先祖である松平家の支流である、桜井松平家の居城があった城跡ですが、1590年に廃城になったので、建物などの遺構はなく、現在は、城山公園になっています。桜井松平家 – Wikipedia
松平宗家(徳川家康の直系先祖)の三代 松平信光が拠点としていた、岡崎の岩津城から、安城の安祥城に拠点を移し、その際に、桜井城が松平家の支配下に入りました。
桜井松平家は、松平宗家5代・松平長親の次男(三男とも)信定を祖とする松平氏の庶流です。
松平宗家と当初、対立し、岡崎城を占拠し、松平広忠(家康の父)を追い出したこともありますが、後に、宗家に服従します。
参考サイト 桜井城(安城市桜井町城河原)

東側道路や南道路との高低差の土留め石積擁壁(東道路側は当時のものではなさそう)や地形がその名残を感じさせる程度です。
市指定史跡となっています。
桜井城址は、碧海台地が、湿地帯へ舌状に突出した、天然の要害に築城された平城です。
周囲は、湿地帯だったのです。イメージ図
 
 南西に土塁があります。

土塁上に城址を示す石碑があります。

復元冠木門

復元燈明台?

城址西隣に、桜井松平家の墓があります。

手前の石碑の後ろの右端の墓が、桜井松平家の祖である、松平信定の墓。

右端の墓が、桜井松平家の祖である、松平信定の墓。


左が、信定の孫の忠正の墓。家康が三河一向一揆と戦っていた時に、家康と対立する、西尾の吉良氏と手を組み、参戦しましたが、一揆側が敗れました。

 次回に続く
「安城・櫻井靖霊神社、戦没者慰霊碑、乃木希典陸軍大将像」