Blog / KANO空感設計 あすまい空感日記・・・明日の私(MY)の住まい

大阪万博会場から各地に移築された博覧会パビリオン建築 

前回のブログの続きです。
大阪万博閉会後には、全国各地にパビリオンが移築されました
万博閉幕後のパビリオン移設先
四日市にはオーストラリア館が移築されました。
シドニー港と四日市港の姉妹港提携 (1968年) のシンボルとして、オ
ーストラリア記念館となりました。
大きな円形屋根を宙づりにした奇妙なデザインの展示館でした。
日本の画家葛飾北斎の「富嶽三十六景」の「神奈川沖浪裏の富士」に描かれた波と、東京の寺院で見た青銅製蓮台からヒントを得て設計されたといわれ、「恐竜が空飛ぶ円盤をくわえた形」など、さまざまなものを連想させています。

オーストラリア関連資料、愛・地球博(愛知万博)で展示された巨大なカモノハシの模型が主要な展示物でした。

 円形ホールは多目的貸ホールとしても使われていました。

万博会場にあった時のオーストラリア館

しかし、2014年に解体されてしまいました。解体のいきさつはwiki
四日市の裁判所の設計をしたので、当時、なんども四日市には行ってましたが、ここに行ったことはなかったです。
行っとけばよかったなあ。
見学した方のサイト あの万博この万博の遺物と遭遇-オーストラリア記念館

フジパンロボット館は、当時の愛知青少年センター(現・愛・地球博記念公園(モリコロパーク))に移築されましたが、その後、老朽化のため1995年に解体されました。
その外観は一見、怪獣か昆虫を想像させ、子どもたちが自由な夢を描くことのできる展示館でした。
鉄骨造のアーチを並列した構造で、テントの屋根と外装は、黒と黄色のシマ模様でした。

万博会場にあった時のフジパンロボット館。

しかし、展示されていたロボットたちは、跡地に建てられた、愛知県児童総合センターでその姿を見ることができます。
ロボットは見たことありますが、解体された、移築パビリオンは見たことがないです。
ロボットを見学した方のサイト [手塚治虫]手塚治虫プロデュース「フジパンロボット館」のロボットの一部は現在も活躍中!

カンボジア館は神戸市に移築され、広陵パビリオン(広陵町集会所)と呼ばれ、残っています。
神戸市北区に万博EXPO70の貴重遺産が!~広陵パビリオン~
高さ12mの黄色い鋭角の大屋根が印象的なパビリオンは、伝統文化とモダニズム建築を融合した『新クメール建築』と呼ばれる建造物。新クメール様式の建築はカンボジア国内はもちろんアジア圏内でも現存数が減っており、広陵パビリオンはとても希少な建物になっているそうです。
大阪万博「カンボジア館」集会所として余生 神戸
 

万博会場にあった時のカンボジア館
大屋根は60度の急勾配、中央部が二重になった切妻で、2階建て。屋根はイエロー・オレンジ色のスレートぶき、ふちはブルーに塗られ、棟や軒先にはカンボジアで作られた装飾品の付いている印象的な建物でした。

現存するのは、他には、以下の2館だけです。
カナダの大学図書館になったサンヨー館ブリティッシュコロンビア大学アジア図書館
日本の伝統を象徴する民家の様式を取り入れ、単純で力強い線を近代的に生かしていた。

万博会場にあった時のサンヨー館。

岡山陸上自衛隊駐屯地のミュンヘン市館
陸上自衛隊(日本原駐屯地創設50周年記念行事)ミュンヘン館   動画
万博会場にあった時のミュンヘン市館

切妻屋根と白い壁が印象的な、幅 27メートル78、長さ 62メートル88 の長方形の展示館で、ビヤホールも兼ねた“いこいの展示館”でした。
建物は鉄骨造ですが、ババリア地方の市場を型どって、木造建築の感じを出していました。
まず、木製ステイン仕上げの入口は観音開き扉5 組でできており、その上は木製手すりのついたベランダ。
白い粗面ペイント仕上げの外壁の小窓の木部はラワンステイン仕上げ、窓飾りや軒飾りがふんだんにあしらわれていました。

カナダは遠いし、陸上自衛隊駐屯内には、なかなか入れないでしょうから、広陵パビリオンが、万博公園以外で、見やすい唯一のパビリオンになります。

次回に続く