Blog / KANO空感設計 あすまい空感日記・・・明日の私(MY)の住まい

熊本地震から2年を迎えた4月14日に、三河南部の西尾で大きな地震

今日は、熊本地震から2年ですが、偶然、ここ愛知で最大震度4の地震が起きました。
岡崎は震度3で、事務所にいて、大きな揺れを感じました。
マグニチュード:4.6 震源の深さ:約10km

震源地(図で×)は西尾市吉良町の三河鳥羽駅(名鉄蒲郡線)の西付近。
震度4が4地点(図で黄色)あり、震源から近い順に書くと、西尾市一色町(旧一色町 一色さかな広場の北の一色用悪水路の沿川で河口)、西尾市矢曽根町(西尾駅南付近、北浜川沿川、北端は西尾消防署、南端は明泉寺付近)、幸田町菱池、一番遠くは17km離れた、高浜市稗田町です。

いずれも、大地震にゆれやすいとされているところです。
全て、大地震時震度予測は震度6強です。
高浜市稗田町を除き、全て液状化危険度は、「極めて高い」地点です。
いずれも川沿いです。

 一色町は海を、菱池は巨大な菱池を大規模な干拓によって新田開発されたところです。
西尾市矢曽根町のすぐ南に深池町や菱池町があります。
もと池があったのではないでしょうか。そうであれば、ここも大きく揺れたのではないかと思います。
高浜市稗田町(ヒエダ)(高浜港駅東付近、高浜川沿岸)は市街地になっていますが、地名に「田」がつくので、元は田でしょう。ヒエは、イネ科の植物で、田でも畑でも栽培できたので、ヒエを栽培していた土地か、湿地性のヒエが自生していた土地の可能性があります。

熊本地震でも、液状化現象が発生しています。
熊本市南区において南北約5kmの範囲に液状化による被害が集中していたことがわかりました。この区域は河川沿いではなく、内陸にあたります。
今までは、液状化しやすい場所は埋め立て地や河川沿いが挙げられていて、今回の熊本地震でその常識が覆されてしまったと思われました。
しかし詳しく調べてみると、記録も残されていないぐらいはるか昔は川だった可能性が出てきたのです。

調査によると、熊本市南区では幅100m長さ約5kmにもなる「液状化の帯」が出来上がっていることが確認されています。
いつ頃に埋め立てられたのかはっきりしませんが、この帯はかつて明治時代には、旧河道(きゅうかどう)だった可能性があると調査報告されています。
旧河道とは、過去に川があり水が流れた跡地のことです。
この「液状化の帯」現象は、千葉県浦安市においても東日本大震災で同じように見られました。

次回に続く

戦中・戦後を展示する東京の戦争歴史博物館 昭和館・けいしょう館・平和祈念展示資料館・都立第五福竜丸展示館・彰古館

前回ブログの続きです。
以降は戦闘機展示はないですが、戦中・戦後の人々の暮らしにスポットを当てた、東京の歴史博物館を紹介します。
 昭和館を見学したことがあります。近くには靖国神社・遊就館(前回ブログで紹介)があり、武道館の隣です。
千代田区九段南1-6-1  
設計は巨匠建築家の菊竹清訓。窓がなく、巨大な忠魂碑のようにも思えます。
数多くの設計をしており、以下、見学したものだけを掲載。
東京では、江戸東京博物館、スカイハウス、銀座テアトルビル(ホテル西洋銀座)。
他では、京都信用金庫九条支店、九州国立博物館。
日本国際博覧会(愛知万博)のマスタープランやグローバルループ
愛知万博は5回行きました。環状空中回廊である、グローバルループの一部は、愛・地球博記念公園(モリコロパーク)に残されています。
日本万国博覧会(大阪万博)のエキスポタワーは見ていませんが、万博記念公園のEXPO’70パビリオンで模型を見ました。
過去ブログ。
大阪万博記念公園の博覧会建築の見学2 EXPO’70パビリオン(旧鉄鋼館)・日本民芸館 他
私の母校の名古屋工業大学の研究室の恩師である仙田満先生(元・建築学会会長)の師です。

しょうけい館という、戦傷病者とその家族等の戦中・戦後に体験した、労苦を伝える博物館が近くに、あります。
千代田区九段南1-5-13 ツカキスクエア 九段下
野戦病院のジオラマ等があります。

 平和祈念展示資料館を見学したことがあります。西新宿の超高層ビル内にあります。
新宿区西新宿2-6-1 新宿住友ビル33階
日本兵の戦後のシベリア抑留、海外からの引揚げの労苦の様子などの展示があります。
過酷な状況を実感しました。
公式サイトの「平和祈念展示資料館へようこそ」で詳しく解説されています。
↓シベリア抑留の様子。

都立第五福竜丸展示館を見学したことがあります。
江東区夢の島2-1-1 夢の島公園内
アメリカの太平洋ビキニ環礁(世界遺産)での水爆実験で被ばくした、漁船「第五福竜丸」が展示されています。
第五福竜丸一隻だけでなく多くの船舶が被害を受けたことから、「第五福竜丸事件」ではなく、「ビキニ事件」と呼んでいます。
 

他には、
東京大空襲戦災資料センター 江東区北砂1丁目5-4
Wamアクティブミュージアム 女たちの戦争と平和資料館 新宿区西早稲田2-3-18
わだつみのこえ記念館 文京区本郷5丁目29-13赤門アビタシオン1階

彰古館
 世田谷区池尻1-2-24(自衛隊三宿駐屯地 陸上自衛隊衛生学校内) 
戦時医療を中心とした史料館
北関東防衛局広報第81号のページの中ほどに、紹介記事があります。
「彰古館」―知られざる軍陣医学の軌跡 書籍が出版されています。
見学した方の見学記
彰古館 -日本陸軍の医療情報史料室 【前編・世田谷区】
彰古館 -日本陸軍の医療情報史料室 【中編・世田谷区】
彰古館 -日本陸軍の医療情報史料室 【後編・世田谷区】

次回に続く

戦闘機を展示する東京の平和博物館 靖国神社の遊就館

前回ブログの続きです。
東京の靖国神社遊就館を見学したことがあります。
靖国神社は、明治天皇により、幕末以降に、国家のために尊い命を捧げられた人々の御霊を慰め、その事績を永く後世に伝えることを目的に創建された神社です。別格官幣社。

遊就館の本館の設計は、東京帝国大学の伊東忠太教授。1930年(昭和5年)築。登録有形文化財。

建築家・伊東忠太設計の建物は以下を見学したことがあります。
東京で、築地本願寺(重要文化財)、湯島聖堂、明治神宮、大倉集古館(ホテルオークラ敷地内 登録有形文化財)。
千葉県成田市で、成田山新勝寺太子堂・開山堂。
京都で、本願寺伝道院(重要文化財)、祇園閣(登録有形文化財)、平安神宮(重要文化財)。
先週、行った京都では紅しだれ桜が美しい、平安神宮にも行きました。
過去ブログ。6回連載の第1回
京都・桜花見と建築見学1 平安神宮・岡崎疎水・岡崎公園・ロームシアター京都(京都会館)
戦闘機等と英霊のご遺書・ご遺品と歴史記述パネルを展示しています。
零戦

艦上爆撃機「彗星」、ロケット特攻機「桜花」(上)

靖国神社の神門も伊藤忠太の設計。

次回に続く
 
 
  

 
 

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