Blog / KANO空感設計 あすまい空感日記・・・明日の私(MY)の住まい

西尾市岩瀬文庫の岩瀬弥助が設立した西尾鉄道・現 名鉄西尾線の南区間、旧 平坂支線、旧 西尾線、旧 名鉄福岡線(岡崎市)、昔の西尾線は岡崎とつながっていた 

前回ブログの続きです。
前回は、「西尾市岩瀬文庫 見学4・岩瀬文庫児童館(登録有形文化財)」

現在、西尾市岩瀬文庫となっている、私立図書館の岩瀬文庫をつくった岩瀬弥助は、肥料商をもとに発展した偉大な実業家です。岩瀬弥助 – Wikipedia
旧・西尾鉄道の初代社長でもあり、西尾町長にもなりました。
写真は、前回ブログでも紹介した、岩瀬文庫旧書庫の隣に建つ銅像

西尾鉄道は、現在の名鉄西尾線の一部(西尾駅- (旧)吉良吉田駅)をつくった会社です。
西尾鉄道の前身は西三軌道株式会社であり、初代取締役社長となり、西三河の私鉄では2番目に路線をつくりました。
1911年、西三軌道は、岡崎新駅(国鉄岡崎駅に隣接)から西尾駅(現在地よりも少し西)までの路線をつくりました。
1926年から1943年までは、岡崎新駅から西尾駅までの路線は、西尾線と呼ばれた路線の一部でした。旧・西尾線と呼ばれます。
昔の西尾線は、西尾市(旧吉良町の吉良吉田駅)から安城市(新安城 旧・今村)ではなく、岡崎市(岡崎新駅)へつながっていたのです。
地図で廃線を見てみよう 名鉄 旧西尾線 
こちらのサイトでは、岡崎新から西尾へ至るルートをGoogleマップに線を引いてあり、現在と比較することができます。Googleマップhttp://g.co/maps/z5jpg

西三河で1番目の私鉄は、旧・名鉄岡崎市内線(路面電車)のもとをつくった1898年の岡崎馬車鉄道であり、省線(後の国鉄)の東海道線ができて以降、初の西三河の路線です。
岡崎市内線(おかざきしないせん)とは、愛知県岡崎市内の岡崎駅前岡崎井田を結んでいた名古屋鉄道(名鉄)の路面電車です。
便宜的には福岡線福岡町 – 岡崎駅前間および挙母線(ころもせん)の岡崎井田 – 大樹寺間を含む、福岡町 – 大樹寺間を指します。各々直通運転を行っていました。
過去ブログ
愛知県・岐阜県の路面電車と歴史 名古屋市電・名鉄岡崎市内線・豊橋鉄道市内線・名鉄岐阜市内線

参考 西尾から 岡崎に いく 鉄道が あった  あきひこゆめてつどう
参考 祝!西尾駅開業100周年 名鉄西尾線 西尾線を様々な角度から紹介しています。

 現在の名鉄西尾線は、西尾鉄道が開通させた南部区間と、碧海電気鉄道が開通させた北部区間とから成り、元々の生い立ちはまったく別です。
名鉄西尾線 – Wikipedia 西尾鉄道や碧海電気鉄道などについても書いてあります。

 西三軌道・西尾鉄道の歴史>
1912年、西三軌道西尾鉄道に社名変更しました。
1914年 、西尾駅から西へ路線を伸ばし、平坂港(西尾市)のある、港前駅までが開業。(のちの平坂支線)
1915年、西尾駅から南へ路線を伸ばし、吉良吉田駅(現在地よりも少し北 以降(旧)を付けて表示)までが開業。
1916年、(旧)吉良吉田駅から東へ路線を伸ばし、吉田港駅までが開業。
1926年、名鉄の前身会社である愛知電気鉄道に、吸収合併され、西尾鉄道としての歴史は終わります。岡崎新 – 西尾 – 吉田港間を西尾線と呼びました。

<(旧)西尾線と(新)西尾線南部・平坂支線の歴史>
1928年、(旧)吉良吉田駅 – 吉田港駅間を廃止
1935年、 愛知電気鉄道と名岐鉄道が合併して名古屋鉄道成立。名鉄西尾線となります。
1942年、(旧)吉良吉田駅- 三河吉田駅間が開業。
1943年、国から戦時不要不急路線とされ、他路線建設のために、岡崎新駅から西尾駅までのレールが撤去されました。
1951年、名鉄が福岡町 – 岡崎駅前間のレールを敷きなおして開業します。
1960年、三河吉田駅を吉良吉田駅に改称。平坂支線が廃線。
1962年、名鉄福岡線及びそれにつながる路面電車の名鉄岡崎市内線の全線が廃止。福岡線の廃線跡は名鉄バスのバス専用道路に転用されました。
2016年、バス専用道路廃止。

<(新)西尾線北部の歴史>
西尾駅より北の路線(現在の名鉄西尾線の北部)は、西尾鉄道ではなく、碧海電気鉄道が作りました。
安城市内を通る現在の名鉄名古屋本線の今村駅(現在の新安城駅1970年に改称)から、西尾駅(現在地)までを作ったのです。
碧海電気鉄道は、名鉄の前身会社のひとつである、愛知電気鉄道の系列会社です。
愛知電気鉄道は、現在の名鉄名古屋本線をつくった会社です。
1926年、今村駅 – 米津駅間が開業。
1928年、南に路線を伸ばし、 西尾駅まで開業し、(旧)吉良吉田まで直通運転開始。
1944年、名古屋鉄道が碧海電気鉄道を合併。
1951~1961年 南安城駅と国鉄安城駅を連絡する安城枝線が旅客営業
 
<名鉄西尾・蒲郡線(通称 西蒲線 にしがません 西尾線南区間と蒲郡線)の廃線危機>
現在、名鉄西尾線の西尾駅より南の区間(吉良吉田駅まで)と名鉄蒲郡線(吉良吉田駅-蒲郡駅)が存続の危機になっています。名鉄蒲郡線 – Wikipedia
2線合わせて、通称「名鉄西蒲線(にしがません)」と呼び、存続運動が行われています。
過去ブログ
「名鉄西尾・蒲郡線(通称 西蒲線 にしがま線)の廃線危機・西尾線と蒲郡線の歴史・リンク集」
以前、三河線の海線(知立より南を通称)の碧南駅以南が廃線になる直前に、記念乗車に行ったことがあります。

<名鉄広美線(ひろみせん)の部分廃線危機>
岐阜県では、名鉄広美線の新可児駅より東の区間も廃線の危機です。
名鉄広見線は、犬山駅(愛知県犬山市)から御嵩駅(可児郡御嵩町(みたけちょう))までの路線です。
岐阜県の中濃(東濃にも区分されることがある)の新可児駅(可児市)から、東方の御嵩駅まで延びる区間が対象です。
 
次回に続く
「西尾祇園祭7月13~15日開催・伊文神社(西尾市岩瀬文庫を設立した岩瀬弥助が奉納した大灯篭)・御劔八幡宮」

西尾市岩瀬文庫 見学4・岩瀬文庫児童館(西尾市立図書館おもちゃ館 登録有形文化財)

前回ブログの続きです。
前回は、「 西尾市岩瀬文庫 見学3・旧書庫(登録有形文化財)・新書庫」

岩瀬文庫児童館は、大正時代の第2期工事において、旧書庫とともに整備された施設で、日本最初の児童館であるといわれています。
国の登録有形文化財です。

現在は西尾市立図書館おもちゃ館となっています。
青い屋根瓦や白い下見板張の外壁、腰のモルタル塗りが、児童館にふさわしい、かわいらしい洋館です。


以前来た時は、シャッターが開いていて、中に入れました。
下へスクロールすると、以前来て、中に入れた時の写真があります。

建物の北にある巨大な石

以前、来た時に、内部を撮影した写真です。


 次回に続く
「西尾市岩瀬文庫の岩瀬弥助が設立した西尾鉄道・現 名鉄西尾線の南部、旧 西尾線、旧 名鉄福岡線(岡崎市)、昔の西尾線は岡崎とつながっていた」

西尾市岩瀬文庫 見学3・旧書庫(登録有形文化財)・新書庫

前回ブログの続きです。
前回は、「西尾市岩瀬文庫 見学2・現代建築のモダンな新館 文化遺産カードをゲット!」

新館の展示棟の建築と展示を見た後に、新館の外へ出て、旧書庫へ。
西尾市岩瀬文庫は、明治40年に地元の肥料商・西尾鉄道社長・実業家の岩瀬弥助が、私財を投じて設立された、私立図書館「岩瀬文庫」が起源です。
集めた書物を「一般社会に公開提供すること」と、同時にそのことを通して書物を「未来に保存すること」を目的として設立しました。
全国の書店や古書店から蒐集した蔵書は8万冊余り、国の重要文化財「後奈良天皇宸翰般若心経」をはじめ、その多くが江戸時代以前の古典籍です。
素晴らしいことです。
西尾市岩瀬文庫 公式

<岩瀬文庫の歴史> 岩瀬弥助と岩瀬文庫の歴史 公式
1908年、本館開館。 
1921年、旧書庫を開館。
1926年、岩瀬文庫児童館を開館。
1945年、本館が三河地震で倒壊。三河地震についてはたびたびブログで書いています。今年4月に西尾市吉良町を震源とする震度4の地震がありました。
1955年、西尾市立図書館岩瀬文庫として再出発
2003年、本館等跡に新館を建て、日本初の古書ミュージアムとしてリニューアルオープン
2018年、創立110周年

岩瀬弥助 – Wikipedia
岩瀬 弥助(いわせやすけ)-岩瀬文庫,西尾鉄道をつくった人- 
 
西尾市岩瀬文庫旧書庫は、国の登録有形文化財に指定されています。
旧書庫 (国登録有形文化財) 公式
西尾市岩瀬文庫旧書庫 文化財ナビ愛知

西尾市唯一のレンガ造建築です。外壁は煉瓦造り、床と小屋組みは木造の混構造です
 
外壁はレンガ風タイル張り。窓上のタイルの形にご注目。


隣りに建つ岩瀬弥助の銅像。
新館の常設展示を見ると分かるのですが、自らが積極的に書籍等の購入、選定、分類分け等をして、この地域の文化向上に情熱を傾けています。

背後にある新書庫の外観は、旧書庫の形態に合わせたデザインになっています。屋根が寄棟で同じです。

 大正時代の第2期工事においてこの書庫と児童館(現西尾市立図書館おもちゃ館)を含む整備が行われました。
次回に続く
「西尾市岩瀬文庫 見学4・岩瀬文庫児童館(登録有形文化財)」

1 38 39 40 41 42 1,093