Blog / KANO空感設計 あすまい空感日記・・・明日の私(MY)の住まい

名古屋・稲沢建築見学5 名古屋城3 名古屋城の歴史と価値と魅力

前回ブログの続きで、名古屋城の見学です。
東門でチケット(500円は安いと思います。天守も本丸御殿も中を見学できます。)を購入して入りました。
ここで、「名古屋おもてなし武将隊」と、「徳川家康と服部半蔵忍者隊」の、おもてなし時間と対応してくれる武将や忍者をチェックします。
事前に各々のホームページで調べることもできます。
今日の武将は、名古屋出身の「天下御免の傾奇者(かぶきもの)」、前田慶次(前田利家(信長家臣、豊臣政権の五大老、加賀藩前田家の祖)の甥)です。後で、天守前で会えました。

今日の忍者隊は、水蓮と七紫です。後で、天守前で会えました。

東門のある、二の丸には、戦国時代に、今川氏親(今川義元の父)が築いた柳ノ丸という城がありました。
尾張の中心地は、当時は清須であり、尾張の東半分は東海の三ヶ国をおさめる今川家に抑えられていたのです。
今川義元は織田信長が劇的な大逆転をして、討死にした、桶狭間の戦いの相手方の大将です。
信長の父信秀が、今川家から城を奪い、那古野城と改名し、信秀、その後、信長が居城しました。
那古野城の跡地を示す石碑。

信長の生誕地は、長らく、那古野城説が定説でしたが、近年の書物発見により、稲沢市・愛西市の勝幡城が有力になりつつあります。

 「尾張名古屋は城でもつ」と言われるように、名古屋の街の発展は、名古屋城とともにあります。
徳川家康が、関ヶ原の戦いののち、大阪の豊臣方に対して、名古屋城を築き、九男の徳川義直が城主となり、御三家筆頭の尾張徳川家の初代となりました。
築城は天下普請で行われ、敵対した、豊臣恩顧の大名に命じました。
秀吉の家臣で、築城の天才、名古屋出身の加藤清正(熊本城主)の像が、2か所にあります。
天守台(天守を支える石垣)を担当しました。
二の丸にある、清正公石曳きの像。

正門前の、名古屋能楽堂の南にある清正像。

清正石と呼ばれる巨石が石垣にあります。(実際はここの石垣の担当は黒田長政なので、違うのですが)

 
しかし、なぜ、名古屋城の築城主である、家康の像がないのだろうと思います。ぜひ作ってほしいです。
城主だった尾張徳川家初代義直と宗春も。
今春開業し、新名所となるであろう飲食店街「金シャチ横丁」の2つのゾーン名にもなっていますし。
できれば信長(那古野城を居城)や秀吉(信長家臣として、那古野城にいた時代あり)も。
そうすると三英傑がそろいます。

家康公は、清須越し(清須から町ごと移転)をして、名古屋の碁盤の目のような町割を行い、名古屋の街の大元をつくりました。
優れた城郭建築家であり、都市計画家だと思います。

名古屋城はほぼ完全に復元できるほど、資料や図面や写真がたくさん残された唯一の城です。
御深井丸にある、城の実測図等の膨大な資料をまとめた、「金城温古録」の石碑。

伝統建築を施工できるあらゆる種類の職人さんや伝統工芸士は後継者もいなくなり、どんどん減っています。
木造天守再建は、今しかないと思います。
耐震補強を行う案もありましたが、鉄筋コンクリートには寿命があるので、補強したとして数十年後には、再建が必要で、その頃には、技術や巨木などの木材などが失われている可能性があります。

残念ながら、空襲で炎上してしまいましたが、城郭で日本初の旧国宝だった天守で、日本一の延床面積を誇る天守です。
燦然と輝く金シャチは、日本人なら誰でも知っています。
海外での日本ブーム、歴史・武将ブームにより、その名は世界に広まりつつあります。
日本三名城のひとつです。
燃えなかった、3つの櫓と2つの門は国の重要文化財、二の丸庭園は国の名勝に指定されています。
戦災にあう前には24棟もの建物が旧国宝指定を受けていました。
旧日本軍が日本で6か所に置いた鎮台(常設されるものとしては最大の部隊単位)のうちのひとつ名古屋鎮台がありました。
名古屋城は、元は離宮(天皇の名古屋離宮)だったという光栄な歴史もあります。
こちらは正門前に立つ、「元離宮」を示す石碑です。

  
名古屋城は、愛知県唯一の国の特別史跡です。
正門近くには名古屋市唯一の国の天然記念物のカヤの大木もあります。歴代藩主がその実を食しました。
 乃木倉庫は明治時代のレンガ建築で、国の登録有形文化財です。
他にも、事前に調べていくと、興味がわき、見どころがたくさんあります。

これまで名古屋城には、何度も行っています。
花見、デザイン博、名古屋城夏祭りや、御深井丸(おふけまる)で行われたロックライブにも。
数年前には、子供たちを連れて、設計した「自作自然の家/岡崎」のお施主様(大工さんです)から誘われて、本丸御殿の建設イベントにも行ったことがあります。
大手ゼネコンの竹中工務店主催のイベントで、かんな削りや塗り壁体験などをして楽しかったです。
以下はその時の過去ブログです。
名古屋城 「夏休みものづくり体験くらぶ」 建設職人体験
名古屋城本丸御殿復元工事
名古屋城天守閣見学
名古屋城本丸御殿 見学

しかし、天守内部の展示をじっくり見た覚えがあまりないのです。
子供たちは展示に関心がないので、さっさと行ってしまって。
最近、特に、歴史や武将にはまっていて、神社仏閣や史跡、城めぐりをするのが大好きです。
なので、じっくり見たいと思ったのと、竣工までの長い間、名古屋のシンボルである天守がない状態が続くと考えたら、あと2か月くらいしかないので、今行くしかないと思ったのです。

屋根は現在、銅板瓦葺きであり、酸化し、経年変色で、緑青(ろくしょう)色になっていますが、再建すると、屋根の色が変わります。
現在、再建案で、銅瓦に黒塗装するか、銅そのものの赤褐色にするかの2案があります。
5層目の屋根色がわかっていないのが原因のひとつです。
竣工時には、慣れ親しんだ、今の名古屋城とがらりとイメージが変わると思います。
次回に続く

名古屋・稲沢建築見学4 名古屋城2 名城公園・愛知県体育館移転とアジア大会 

前回ブログの続きで、名古屋城の見学です。
外堀を横切り、↓東鉄門跡へ。

この正面には、現在、本丸の東に移築されている、二之丸東二之門が立っていました。
東門の南隣にある、↓愛知県体育館(大相撲名古屋場所などを開催)は、名城公園の北東角に移転することが決定しました。

名城公園には今まで、何回か行ったことがあり、名古屋城の北の大きな公園のことだと思っていましたが、ここだけではないです。ここは、東西道路で2つの公園に分かれており、北が名城公園(北園)で、南道路と外堀の間を名城公園(南遊園)といいます。
北園には昨年、tonarino(トナリノ)という休憩等できる多目的な施設ができました。
スタバなどの飲食店やスポーツ応援テナントが入っていて、東京のアトリエ設計事務所「マウントフジアーキテクツ」の設計です。いつか行って見たいと思います。
名城公園の中心は名古屋城であり、名古屋城全域や名古屋能楽堂周辺を含み、さらには飛び地として、はるか南東にある、重要文化財の近代建築の名古屋市市政資料館(旧名古屋控訴院地方裁判所区裁判所庁舎)のある場所もそうなのです。
以下は、市政資料館の過去見学記です。
近代の名建築である名古屋市市政資料館での妹の結婚式
近代建築の名古屋市市政資料館 見学 その1
近代建築の名古屋市市政資料館 見学 その2

以前から、こんな歴史深い場所に、そぐわない巨大な現代的な建物だなあと思っていたので、うれしいです。
名古屋市を中心とした愛知県で行われる、2026年のアジア競技大会の会場のひとつになるので、それまでには竣工予定です。
今年の夏にアジア大会がインドネシアで開催されます。
前回の韓国の仁川アジア大会は、ひどい大会運営で、選手がかわいそうでした。
バドミントンのなぞの風や劣悪な選手村(高層建物でエレベーター故障)など。
今回の平昌オリンピックでもそれを心配していましたが起きてしまいました。
葛西選手の部屋は暖房が利かなかったそうです。
他にもあまり報道されていないだけでネットを見るといろいろあります。
雪上競技は強風や厳寒で、本来の力を発揮できず、特にスノーボードやジャンプの競技の一部では、風による運まかせのウェイトが大きく、競技として成り立つのかという状態で、選手の中には「何のために4年間がんばって練習してきたのか」との声も聞かれ、かわいそうでした。
IOCや韓国はなぜ、風力発電の適地で風車がたくさん立っているような、こんな場所を選んだんだ!
今年のアジア大会は、2020年東京オリンピックの日本代表になりそうな選手も出場すると思うので、注目です。
オリンピック同様、4年に一度の開催で、日本では過去に、1994年に広島(記憶にあります)と1958年に東京で開催されています。
今回のオリンピックと同じように、日本選手のメダルラッシュになるといいな。
2020年東京オリンピックの次は、2026年に、愛知が盛り上がる番です。

体育館跡地は、以前の本丸御殿の建設前にそうであったように、二の丸御殿の遺構を整備保存する方向性のようです。
河村市長は、何かしらの復元を考えているみたいですが。

二の丸御殿の復元は予算的に無理だと思うし、天守復元の次にすべきは、本丸の東(清正石近く)にある、重要文化財の旧二之丸東二之門を元の位置に戻すことだと思いますが、現実的には難しそうです。(愛知県体育館建設時に支障となり、本丸に移設された経緯があります)

もし、復元するなら、本丸を優先し、本丸の表二之門近くの多門櫓や東北隅櫓(本丸の4つの隅櫓のうち3つは残存し、全て重要文化財に指定されています)だと思います。
次回に続く

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名古屋・稲沢建築見学3 名古屋城1 新名所となる金シャチ横丁が今月オープン

前回のブログの続きで、名古屋市役所本庁舎の斜め向かいにある、名古屋城を見学しました。
木造天守に建て替えが決定し、現在の鉄筋コンクリート造の外観模擬天守は解体することになりました。
岡崎城など鉄筋コンクリート造の全国の再現天守も、現在進行形や今後、耐震補強や建て替えになっていきます。
ゴールデンウィークの5月6日までが、天守に登れ、内部の展示を見ることができる最後のチャンスです。
3月29日には、金シャチ横丁という、飲食店街が正門と東門の近くの2か所に、趣の異なったコンセプト・デザインで開業します。
 いずれも、城外なので、500円の入場料は不要です。
こちらは、東門近くの、革新の料理「宗春ゾーン」(尾張徳川家七代藩主)の工事中の様子。

↓外堀(写真手前)と大津通りの間が「宗春ゾーン」の敷地です。
革新藩主であった、徳川宗春らしく、伝統とモダンが融合したデザインになりそうです。

↓対面の外堀(東)。ここに咲き乱れる桜を見ながら、「宗春ゾーン」を散策できそうです。

正門駐車場脇には、伝統のなごやめし「義直ゾーン」(尾張徳川家初代藩主で家康の九男)が建設中でした。(写真ないです)
きっと話題になり、花見客もたくさん来て、さらに、終盤になると、現在の天守を惜しむ人たちがいっぱい来て、混むと思います。
先日も平日でしたが、外国人の方も多く、たくさんの方がいらしていました。
次回に続く

 

 

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