Blog / KANO空感設計 あすまい空感日記・・・明日の私(MY)の住まい

日本の山を守る その2

昨日のブログの続きです。
「日本の山を守る」とタイトルにあると、勘違いされる方がいらっしゃるかもしれませんが、「木を切るな」ということではなく、「適切な量の木を切って、使い、植林、育成、伐採という、サイクルを守ろう」という意味です。
間伐材を切って、手入れされた森↓

間伐や枝払いなど、手入れされていない森↓

このように、もやしのようなひょろひょろの木がぎゅうぎゅうに詰め込まれた状態となって、幹も根も十分な成長ができなくなります。
また、地面まで光が届かないために、下草が生えず、土壌がむき出しのままになってしまい、大雨が降った時には土壌が押し流されて、人々の生活を脅かすような洪水や土石流被害も出てしまうのです。
林野庁ホームページ 「木を使うと森が育つ」
番組でもやっていましたが、木材搬出のための林道を作る補助金が少なくなり、日本の林業は困っています。
こういう所に政府はお金を使ったり、国産材や間伐材の促進を促す政策をもっと推進してほしいと思います。
次回に続く。

日本の山を守る その1

昨夜、NHKの「プロフェッショナル」という番組を見ました。
毎回、あらゆるジャンルの職業ごとに、「プロ中のプロ」の人を、その仕事ぶりと共に紹介していくという番組です。
昨夜は、木造住宅の構造体などに関連深い、「森林再生のプロ」 湯浅勲 さんを取り上げていました。タイトルは「森に生きる、山に教わる」です。その回のNHKのHPはこちら
番組でもやっていましたが、今、日本各地の森は荒れています。
戦後、植林した杉などが、伐採期を迎えているのにもかかわらず、安い輸入材に対抗できず、木を切っても儲からないので、放置されてきてしまったのです。
木が正常に育つには、間伐といって、いわゆる「間引き」をして、育てたい優良な木の廻りに立つ、貧弱な木を伐採する必要があります。
こうして切った木を間伐材といって、従来は、建物の構造には使えないけど、薪の材料にしたり、割り箸に使ったりと、国内の需要もあったので、うまく利用されていました。
ところが、輸入材の台頭、人手不足、国内需要の減少などにより、間伐材が売れなくなって、切ったまま山に放置されてしまいました。
こうして、間伐材でない木にも悪影響を与えたり、搬出しにくくなってしまい、人手は減り、高齢化し、ますます悪循環に陥ってしまったのです。
湯浅さんは脱サラして、地元の森林組合に入り、理想と現実のギャップに苦しんでいましたが、「このままではいけない」と森林組合改革に乗り出したのです。
まずは、現場の労働意欲を高めるために、従来の不安定な歩合制から、組合の事務方と同じ月給制に変えました。
そして、長年の経験を生かして、木材を搬出しやすい林道をつくるなど、いろんな努力の結果、森林を再生させたのです。
今では、その経験を生かし、日本各地の森林組合が視察に訪れます。
湯浅さんはアドバイザーとして、助言を与えたり、時には困っている山に実際行きます。
湯浅さんの次の言葉が印象的でした。
「自分のしていることは、点かもしれないが、点が線になり、線が面になる。日本の山は全て再生できるはずだ」
この続きは次回に。

光ビスタライン

1月31日と2月1日の夜に、岡崎市主催のあるイベントが行われました。
その時のYahoo! Newsはこちら
「おかざき風景まちづくり」
~水と緑が輝き、歴史と文化の薫る風格あるまちを目指して~
歴史的眺望を「知る・守る」ための景観意識向上実験~光ビスタライン~

と名付けられたものです。

これは、徳川家菩提寺である大樹寺総門から、3Km離れた岡崎城へ向けて、サーチライトを照射し、冬の夜空に光の「ビスタライン」(大樹寺から岡崎城を望む歴史的眺望)を描くという壮大なものです。

「ビスタライン」を市民に知ってもらい、高い建物や景観破壊する建物を周囲に建てないようにして、景観を守ろうという運動です。
徳川三代将軍の家光は、「祖父家康の生誕の地を望めるように」と、大樹寺の本堂などの配置を、岡崎城が見えるようにしたのです。現代でもこの思いが受け継がれています。

写真コンテストも行われました。
上の子が通う(嫁さんと義母も通った)大樹寺小学校校庭の南門=大樹寺総門であり、その門から、下の写真のように、昼間は岡崎城の天守閣が見えます。
ここから、サーチライトを照射したのです。

↓こちらは大樹寺小学校の正門(北の門)の目の前にある大樹寺山門

すばらしい試みだと思います。残念ながら見に行ってません・・・。
来年もやるといいですが。

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