Blog / KANO空感設計 あすまい空感日記・・・明日の私(MY)の住まい

中国国営TVビル火災

北京で建設中の30階建ての高層ビルが、全焼しました。

それは国営中国中央テレビ局(CCTV)の別館です。マンダリンホテルが入っています。
春節のお祝いの花火を違法に大量に打ち上げ、引火したとのことです。
国営放送が当局の制止を聞かず、打ち上げ続けたとのことで、あきれてしまいます。
実は、このビルと、その隣に建設中のCCTVの本館も、世界的に有名な設計事務所OMAが設計したものなので、以前から知っていました。
↓右が、全焼した別館、左が本館

OMAは、オランダのレム・コールハースという建築家が率いており、世界でも、最も有名な建築家の一人です。a+uという建築雑誌で、CCTVの特集も組まれたことがあるほど、有名なプロジェクトでした。

本館のほうが有名で、こちらは無事だったので、よかったです。
2棟の超高層が、上部でつながるという、地震国の日本では、かなり難しいと思われる構造です。
単なる一建築ファンとして、完成を見てみたいのです。

日本でも、福岡にネクサスワールドという世界中の建築家が設計した集合住宅群があるのですが、そのうちの1つを設計しており、日本建築学会賞を取っています。
1991年に竣工しているのですが、当時、見に行きました。(マンションなので中は見れません)
↓その時に撮った写真

カリスマ独裁者と巨大建築

また、映画「20世紀少年」の話を引きずります。
映画では、なぞの教団の「ともだち」と呼ばれるボスが現れます。
顔に包帯ぐるぐる巻いて、そこに、大きな目とその中に指を立てている絵が書かれている、気味の悪いヤツです。独裁者として、世界を支配しようとしています。
そいつの正体を暴き、世界を救おうとするのが、主人公達です。
原作の漫画は、オウム真理教の一連の事件が明るみになった直後に書かれているので、なぞの教団は、オウム真理教を連想させるようなシーンもあります。
私は、独裁者のドイツのヒトラーや北朝鮮の金日成・正日親子を思い浮かべました。
それは、彼らは圧倒的な建築によって、人民をひれ伏し、従わせることを考えていたからです。
「ともだち」も、国会を爆破して、おどろおどろしい、不気味な、圧倒的な建物に作り変えてしまいました。
特に、ヒトラーは建築が好きなことで有名でした。
側近には、政治家でもあり建築家のアルベート・シュペーアがいました。
最もヒトラーと親しかった人物として知られます。
「ヒトラーの建築家」というドイツのTVドラマもあるくらいです。
シュペーアはヒトラーの意向に沿って、都市改造や巨大建築を設計しました。
有名なのは、24万人を収容できるニュルンベルクのナチス党大会会場です。

1934年の党大会では、シュペーアはここをパレード会場として、150基の対空サーチライトで囲み、夜間には垂直に照射して光の大列柱「光の大聖堂」を作り出しました。

それによって、人民をあっと言わせ、高揚させて、ヒトラーのカリスマ性を高めたのはいうまでもないでしょう。
一方、金親子も、巨大な自身達の像や、壮大な建築を作っています。
建設途中で、放棄され、廃墟となっている、ピラミッドのような柳京(リュギョン)ホテルは完成すれば、世界最大のホテルになる予定でした。

巨大なチュチェ思想塔↓

巨大な朝鮮労働党のシンボルマークの像↓

シュペ-アの建築と共通するのは、「巨大」なことです。
金と権力を手に入れた者は、いつの世も、世界一の巨大建築物を目指してしまうのです。
リーマンショックによって、工事中断となってしまった、アラブ首長国連邦のブルジュ・ドバイ↓

完成すれば、世界最高高さの建物になる予定でした。

大阪万博の建築

昨日のブログで映画「20世紀少年第二章」を見た話を書きました。
映画の中には、自分達の子供の頃の懐かしい映像やシーン、グッズも登場します。
中には、知らないキャラクターなどもありましたが。
漫画原作者の浦沢直樹先生が自分よりも8歳年上だからでしょう。
これだけでも、おもしろいと思います。
ネタバレになるので、あまり詳しくは書きませんが、大阪万博をリバイバルしたような万博のパビリンが立ち並ぶシーンは、万博建築のおもしろさを伝えてくれます。

私は、大阪万博には行ってないですが、(行っていたとしても、幼すぎて何の記憶もないでしょう)、今に伝えられる、パビリオンなどの建築のパワフルさは、高度経済成長途上の日本のパワーに通じるすごいものがあります。
実は、今や日本を代表する建築家がそのパビリオンなどの設計に関わっていたのです。
エキスポタワーは、東京江戸博物館を設計した菊竹清訓さん

万博会場の総合設計やお祭り広場は東京都庁の新宿新庁舎を設計した故丹下健三さん

東芝IHI館

タカラビューティリオン

は、名古屋市美術館を設計し、都知事選にも立候補した地元愛知出身の故黒川紀章さん
当時は「メタボリズム=社会の変化や人口の成長に合わせて有機的に成長する都市や建築」という建築思想が彼らによって、提唱され、パビリオンの形で、現実世界よりも早く、実現させていたのです。
奇しくも、2月8日で終わってしまいましたが、東京上野の国立科学博物館で「1970年大阪万博の軌跡」展が開催されていました。
今見ても、デザインなどおもしろいですね。
当時のパビリオンの写真などを集めたサイトを見つけたので、ご覧ください。
EXPO70’大阪万博記念写真館

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