Blog / KANO空感設計 あすまい空感日記・・・明日の私(MY)の住まい

道の駅「おばあちゃん市・山岡」の巨大水車

昨日のブログで、恵那市の道の駅「おばあちゃん市・山岡」へ行ったことを書きました。

ここにある巨大木造水車は直径24mもあり、日本一の大きさだそうです。

手前にある橋は、與運橋といって、小里川ダムによって水没する運命にあった歴史ある石橋をここへ移築したものです。
実際には渡れなくて、オブジェのような存在になっています。

下から見上げると大迫力です。
みずしぶきがかかって気持ちよかったです。
しかし、なぜ、ここに巨大水車があるのかは、よく分かりませんでした。
山岡町には昔から大きな水車があったんでしょうか。
全国にも巨大水車がいくつかあり、その大きさを競っていることをテレビで見たことがあるので、ただ流行っているからという理由だけで造られたのなら、なんだかなーというかんじです。
今は日本一の大きさでも、いずれは、その地位を降りる時が来るのでしょう。
それに、この巨大水車は、ダム湖の上にあるので、近くの川の水を利用して回っているわけではなさそうです。
それが、違和感を覚えます。
本来、水車とは、川の水の流れを利用して、発電したり、穀物を石臼でつぶして粉にしたり、水田に水を引き込むためのものです。
自然のエネルギーを利用したエコロジーなものなのに、巨大水車を回すために、どこからかポンプ動力によって、水を引き揚げているのでしょうから、無駄なエネルギーを浪費していることになります。
水車を回して発電し、その発電した電気を、ポンプに使っているならまだましですが。
ダムでは発電をしているので、そのエネルギー(電力)を使っているのでしょうか。
そうであれば維持管理費が大変そうです。
将来、見飽きられて集客力が落ちて経営状態が悪くなった時に、「回らない水車」にはしてほしくないと思います。
「回らない水車」は「水車」じゃありませんから。
巨大なダムマネーによって、造られた自民党政権時代の遺構に思えてなりませんでした。
水車ではなく、寒天の町であることをPRするような施設にしたほうがよかったと思います。
道の駅の名前にしてもそうです。
「おばあちゃん市」なんて、全国どこにでも付けられる名前です。
山岡町で生産される寒天は全国シェア80%以上もあるんですから。
道の駅の目的のひとつとして、地域産物をPRする役目が大きいです。

2010.08.17「建築
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帰省

お盆休みは昨日の日曜日だけでしたが、帰省をしました。

瑞浪市にある「あさもや大自然プール」をネットで見つけて、部屋や食事の予約をしておきました。
そこへ、弟家族や妹や親に来てもらいました。
私は、おばあちゃん家に寄って、おばあちゃんとおばさんを乗せて、現地入り。
最近できた、小里川ダムの近くです。
幼児用の浅めのプールと深い50mプールがありましたが、ただそれだけです。
流れるプールも滑り台もありません。
子どもたちは最初それを見た時、「つまんなーい」と言っていました。
しかし、私は気に入りました。
大自然プールという名前の通り、周囲は山に囲まれていて、大自然を堪能できます。
歴史の古そうなプールですが、プール自体はきれいで(トイレや更衣室は古い)、水もきれいで、塩素くさいこともありません。
50mプールは水深も120~140cmと泳ぐに十分あります。
お客さんが少なく、かなりすいていて、のんびりしたムードがただよっています。
個人経営のプールなので、1時間ごとの休憩がありませんし、すぐに注意をする監視員がいません。
プールサイドには、屋根付きの涼めるスペースがあり、ござが敷いてあって、おばあちゃんたちには、そこでくつろいでもらいました。
涼しくて気持ちいいかんじです。
そこでは、ビールを飲んだり、焼きそばなどを買って食べることもできます。
午前中はみんなで鬼ごっこなどをして遊びました。
お昼になり、着替えて、2階で焼肉を楽しみました。
(水着のまま、食べれるとのことでしたが、気分的に。)
エアコンの効いた部屋を予約してあったので、食事後にそこへ移動。
カラオケもできたので、子どもたちが最初に歌いました。
その後、着替えてまたプールに入りました。
ボールであそんだり、浮き輪で遊んだり楽しかったです。
すいているからこそできる遊びで、他のお客さんに邪魔になりません。
プールってもともとはこういうシンプルなもので、そこで自分たちで遊び方を工夫して楽しんでいたんだよなと再認識しました。
子どもたちも大喜びでした。

プールを出た後は、みんなで、小里川ダム湖脇の道の駅「おばあちゃん市・山岡」へ。
寒天で有名な旧山岡町(現恵那市)にあります。
巨大な水車がものすごいいきおいで回っていてびっくりしました。
ダムの上まで行って見たり、休憩所でお茶(アイスコーヒーを注文したら、寒天が付いてきました)した後、みんなとお別れしました。
私たちは、親とお墓参りをした後、多治見の実家に送り、帰路につきました。
渋滞なく帰れてよかったです。

東京タワーの思い出

私自身、東京タワーには、いろんな思い出があります。
初めて見て、上ったのが、中学三年生の修学旅行の時でした。
当時は、超高層ビルも少なかったので、ただその圧倒的な大きさだけで、非常にインパクトを受けました。

大学3年生の時に大手ゼネコンの竹中工務店主催の東京建築見学ツアーがあり、友人とともに参加しました。全国から、名だたる有名大学の学生が参加していました。
竹中工務店が施工した建物などを見学したのですが、東京タワーもその1つだったのです。
大学卒業後、青島設計に入り、名古屋で2年勤めた後、東京事務所に転勤になりました。
東京では7年勤務したのですが、途中、事務所の移転が2回あり、3つの街で仕事をしました。
いずれも、港区で、東京タワーの近くでした。

最初は、JR田町駅近くの三田です。↑三田方面から見た東京タワー
慶応大学や、NEC本社ビルが近くにありました。

次に、JR浜松町(田町の隣駅)近くの大門です。
大門は、徳川家の菩提寺である増上寺(↑の写真)の門前町です。
東京タワーにすごく近く、歩いて5分くらいでした。
当時、私が設計をしていた建物のお施主様の会社が東京タワーのすぐ目の前にあり、よく歩いていきました。

そして、六本木ヒルズに近い麻布十番へ。(当時はヒルズは建っていませんでした)
↑首都高速越しに見晴らしがよく、東京タワーがよく見えました。
深夜や朝までの残業をすることも多く、午前0時を過ぎるとライトアップが消えるので、その瞬間をよく見ました。
こんなにタワーの近くで働いていても、上ったことはあまりなく、両親が上京した時に案内した時などです。
名古屋へ転勤後、しばらくして、東京へまた単身赴任で来ました。
赤ちゃんだった子どもや妻は岡崎にいたので、週末には帰るという生活を数ヶ月体験しました。
こどもが大きくなり、東京ディズニーリゾートに2回行きましたが、下の子が生まれてから行った2回目の時に、ぜひ、東京タワーを見せてやりたいと思い、上りました。

新幹線で東京駅に近づくと見えてくる東京タワーを見るたびに、感慨深く、いろんなことを思い出させてくれます。

2010.08.14「建築
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