Blog / KANO空感設計 あすまい空感日記・・・明日の私(MY)の住まい

海外プロサッカー選手にも影響を与えた伝説的サッカーアニメ「キャプテン翼」放送中!南葛=私たちが住んだ東京都葛飾区の町づくり

前回ブログの続きです。
前回は、「東海地方出身や名古屋グランパスにかつて在籍したロシア大会のサッカー日本代表選手たち」

前回ブログで、キャプテンの長谷部 誠選手の紹介で、「3歳のときにサッカーアニメ「キャプテン翼」の大空翼に憧れてサッカーを始める。」と書きました。
私の子供の頃は、漫画誌の週刊少年ジャンプで、漫画家 高橋陽一のサッカー漫画「キャプテン翼」が連載されていました。
それをアニメ化した、サッカーアニメ「キャプテン翼」がとても人気があり、全国にサッカーブームを作りました、
私も大好きで、よく見ていました。
キャプテン翼」にあこがれて、サッカーを始めたり、プロになった選手が多く存在します。
元日本代表の中田英寿や川口能活など。
世界50か国以上でも放送され、多言語で翻訳出版されているので、多くの海外のスター選手がファンになっており、影響を受けています。
元フランス代表のジダン、アルゼンチン代表のメッシ、神戸に移籍し話題となっている、スペイン代表のイニエスタ、今回グループリーグで対戦したコロンビアのハメス・ロドリゲスなど。
2016年8月、ブラジルのリオデジャネイロオリンピックの閉会式で行われた、2020年東京大会のプレゼンテーション動画に、「キャプテン翼」が登場しました。
キャプテン翼」は、日本だけでなく、世界のサッカーの大功労者です。
Jリーグも「キャプテン翼」がサッカー人気の土台を作っていたからこそできたものです。
  
「ボールは友達」が信条の主人公・大空翼(おおぞら つばさ)の活躍と成長を描いたサッカー漫画です。
翼は、通っている、架空の静岡県南葛市(なんかつし)の南葛小学校などの強豪校からの選抜チームである南葛SCのキャプテンであり、フォワードです。
南葛市ってどうやって決めた名前の由来なんだろうと、長年思っていたことを調べてみたら、作者の高橋陽一の出身校が東京都立南葛飾高等学校であり、その名を付けたとのこと。
高橋陽一の出身地は東京都葛飾区四つ木であり、私はかつて、東京事務所転勤時代に、葛飾区柴又にも住んでいたことがあり、京成四つ木駅は、通勤で通過していた地です。
何か関係あるのかと思っていたら、やはり、そうだったんだ!
葛飾区の柴又駅前には、映画「男はつらいよ」の寅さんと妹のさくらの銅像が立っています。
私たちが新婚時代に住んでいた時は、寅さんだけでしたが、3年くらい前に、さくらが加わりました。
同じ葛飾区内の亀有が舞台の、漫画・アニメの「こちら亀有公園前派出所」で町を盛り上げようと、JR亀有駅周辺には、両さんたちの銅像があることは知っていましたが、四つ木翼たちの銅像があると知りました。
石崎了」「日向小次郎」「ロベルト本郷と大空翼」「中沢早苗」「岬太郎」「若林源三」「ヒールリフトを行う大空翼」も。キャラクター紹介サイト 
四つ木にある商店街の一部は「つばさ通り」と改称され、大空翼の姿が描かれたタペストリーが設置されています。
また、翼、若林、日向らの姿が描かれたラッピングバスの運行が行われ都営バス京成タウンバスの計2台が葛飾区や墨田区千葉県市川市などの区間を走行しています。

漫画では、翼たちの成長に伴い、日本代表として活躍していく、 ワールドユース編、ROAD TO 2002、キャプテン翼 GOLDEN-23、海外激闘編、ライジングサンがあります。
これらの作品では、翼たち主要登場人物たちがスペイン、イタリア、ドイツ、日本などの各国リーグのプロ選手として活躍する姿が描かれています。
 
現在、深夜テレビで、サッカーアニメ「キャプテン翼」が放送中です。
「キャプテン翼」 テレビ東京系列(テレビ愛知)で月曜日深夜1:35~ 番組 公式サイト
昔の第1作を再放送しているのではなく、新作である、第4作です。4月2日から番組スタートしました。
ストーリーは原作を原作を忠実に描く予定となっています。
今日の放送 第14話「燃えろ南葛 明和を倒せ!」では、全日本少年サッカー大会に出場し、第1戦でライバルの明和FC(埼玉県代表)の日向小次郎との激闘が描かれました。
懐かしいー!小学生とは思えないド迫力!
名セリフ「ボールは友達」が出ました!
エンディングテーマ曲も当時と同じですし、作画も変に現代アニメっぽくなく、当時の雰囲気のままです。
上の子が好きで、録画していて、放送していることに気づき、少し前から見始めました。
これまでの話 こちらのサイトで、あらすじがわかります。
  
次回に続く
 サッカーアニメ「イナズマイレブン」新シーズン放送中!」
 
 

東海地方出身や名古屋グランパスにかつて在籍したロシア大会のサッカー日本代表選手たち

前回ブログの続きです。
前回は、「サッカーワールドカップロシア大会の決勝トーナメント1回戦でベルギーに敗れるも誇れるベスト16」

サッカーワールドカップロシア大会で、ベスト16になったサッカー日本代表選手たちを称えたいと思います。
東海地方出身選手名古屋グランパスにかつて在籍した選手がたくさんいます。
日本代表選手略歴=サッカーW杯代表
出場選手のみ記載します。
<出身地が東海地方の選手>
山口 蛍(やまぐち・ほたる)MF。
三重県名張市出身
C大阪。2大会連続代表。C大阪U18出。ロンドン五輪代表。
C大阪から16年1月にハノーバー(ドイツ)に移籍し、同年C大阪に復帰。
173センチ、72キロ。27歳。

 長谷部 誠(はせべ・まこと)MF。
静岡県藤枝市出身
フランクフルト(ドイツ)。3大会連続代表。静岡・藤枝東高出。浦和を経て08年にウォルフスブルク(ドイツ)、13年にニュルンベルク(ドイツ)へ移籍。
14年からフランクフルト。
180センチ、72キロ。34歳。
3歳のときにサッカーアニメ「キャプテン翼」の大空翼に憧れてサッカーを始める。

<名古屋グランパスにかつて在籍した選手>
川島 永嗣(かわしま・えいじ)GK。
メス(フランス)。3大会連続代表。埼玉・浦和東高出。
大宮、名古屋、川崎、リールセ(ベルギー)、スタンダール・リエージュ(同)、ダンディー・ユナイテッド(スコットランド)を経て、16年からメス(フランス)。
185センチ、74キロ。35歳。埼玉県出身。
川島選手の名古屋グランパス時代 2004-2006年
2004年、複数舞い込んだ移籍話の中から、あえて当時日本代表で活躍していた楢崎正剛が在籍する名古屋グランパスエイトへ移籍。
しかし当時が円熟期にあった楢崎の牙城は堅く、公式戦では控えに甘んじる日々が続き、結果的にアテネオリンピックの代表メンバーからは外れた。

 移籍後はカップ戦など出場機会が限られていたが、2006年にセフ・フェルホーセン新監督のもと新たなスタートを切った名古屋において、2005年シーズン終盤に負傷した楢崎に代わって先発出場。楢崎が復帰した後も熾烈なレギュラー争いを続けた。このシーズンは結果的にリーグ戦10試合、Jリーグカップ4試合に出場。楢崎から正GKの座は奪えなかったものの、その能力の高さを改めてアピールした。

 吉田 麻也(よしだ・まや)DF。
サウサンプトン(イングランド)。2大会連続代表。
名古屋U18出身。北京、ロンドン両五輪代表。名古屋から10年にVVVフェンロ(オランダ)移籍、12年からサウサンプトン。
189センチ、78キロ。29歳。長崎県出身。
小学校2年生のとき、地元長崎市の南陵FCでサッカーを始める。
名古屋グランパスのユースセレクションを受験し、合格し、愛知県みよし市に移住(受験者の中で合格をしたのは70人中、吉田を入れて4人)。
その後、豊田高校普通科に進学。在学中にユース(U-18)の日本代表に選ばれた。
吉田麻也選手の名古屋グランパス時代 2007年 – 2009年
2007年シーズン開幕前、古賀正紘・秋田豊・角田誠等が退団し、層が薄くなったセンターバックにコンバートされ、第9節大分トリニータ戦で初出場を果たした。19試合に出場。

2008年シーズン、就任したストイコビッチ監督の信頼を受けて序盤はバヤリツァとともにセンターバックのレギュラーとしてチームを支えた。7月14日には北京五輪代表に選出。グランパスではシドニー五輪にオーバーエイジ枠で出場した楢崎正剛を除けば初のU-23日本代表への選出であった。出場は敗退決定後のグループリーグ第3戦オランダ戦だけであったが、マッチアップしたFWロイ・マカーイと互角に渡り合った。五輪招集により一時的にレギュラーから外れたものの、22試合に出場。第22節鹿島アントラーズ戦では初得点も挙げた。シーズン終盤には、決定力不足を補うために高さを生かしてFWとして起用されることもあった。
2009年シーズンは引退した大森征之から背番号4を受け継ぐ。25試合に出場し、名古屋DFの軸として活躍した。12月21日には、既に予選突破を決めており若手中心のメンバーで臨む方針だったアジアカップ最終予選・イエメン戦に向けたフル代表に初招集され、この試合でフル代表デビュー。シーズン終了後の12月28日にオファーを受けたオランダのVVVフェンローへ完全移籍。

本田 圭佑(ほんだ・けいすけ)MF。
パチューカ(メキシコ)。3大会連続代表。石川・星稜高出。北京五輪代表。名古屋から08年にVVVフェンロ(オランダ)、10年CSKAモスクワ(ロシア)移籍。
ACミラン(イタリア)を経て、17年からパチューカ。
182センチ、74キロ。32歳。大阪府出身。
本田圭佑選手の名古屋グランパス時代  2005年 – 2007年
 高校卒業に際して複数のJリーグクラブからオファーを受け 名古屋グランパスとプロ契約を結んだ。本人の希望により加入時の契約に「オファーがあれば海外クラブへの移籍を認める」という条項が盛り込まれていた。2005年3月5日、ジェフユナイテッド市原・千葉戦でクラブ史上4人目となる高卒ルーキーの開幕スタメンでプロデビューしアシストを決めた。4月28日、第8節東京ヴェルディ1969戦でプロ初ゴールを決めた。翌年のプロ2年目からレギュラーに定着した。

次回に続く
「海外のプロサッカー選手にも大きな影響を与えたサッカーアニメ「キャプテン翼」放送中です!」

サッカーワールドカップロシア大会の決勝トーナメント1回戦でベルギーに敗れるも誇れるベスト16

前回ブログの続きです。
前回は、「サッカーワールドカップの決勝トーナメント1回戦 日本対ベルギー見てますよ!」

サッカーワールドカップの決勝トーナメント1回戦のベルギー戦をテレビで見ました。
日本が、2点先制した時は、いけるかもと思いましたが、逆転されました。
惜しい!悔しいです。
でも、決勝トーナメント進出し、ベスト16になれ、夢を見させてもらえました。
世界ランキング3位のチーム相手に、よく頑張って、追い詰めたと思います。
ワールドカップに、アジア・オセアニアから出場した5チーム(日本以外は、イラン、韓国、サウジアラビア、オーストラリア)で唯一、決勝トーナメントに進出できたチームです。
3度目の決勝トーナメント進出は韓国を抜いて、アジア最多です。
アフリカ勢の5チーム(モロッコ、ナイジェリア、エジプト、チュニジア、セネガル)は、史上初めて、どのチームも決勝トーナメントに進出できませんでした。
日本チームは欧米以外のアジア・アフリカの誇りです。
次回ブログに続く。
「東海地方出身や名古屋グランパスにかつて在籍した今大会のサッカー日本代表選手たち」

2018.07.03「野球・サッカー
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