Blog / KANO空感設計 あすまい空感日記・・・明日の私(MY)の住まい

東海地方出身や名古屋グランパスにかつて在籍したロシア大会のサッカー日本代表選手たち

前回ブログの続きです。
前回は、「サッカーワールドカップロシア大会の決勝トーナメント1回戦でベルギーに敗れるも誇れるベスト16」

サッカーワールドカップロシア大会で、ベスト16になったサッカー日本代表選手たちを称えたいと思います。
東海地方出身選手名古屋グランパスにかつて在籍した選手がたくさんいます。
日本代表選手略歴=サッカーW杯代表
出場選手のみ記載します。
<出身地が東海地方の選手>
山口 蛍(やまぐち・ほたる)MF。
三重県名張市出身
C大阪。2大会連続代表。C大阪U18出。ロンドン五輪代表。
C大阪から16年1月にハノーバー(ドイツ)に移籍し、同年C大阪に復帰。
173センチ、72キロ。27歳。

 長谷部 誠(はせべ・まこと)MF。
静岡県藤枝市出身
フランクフルト(ドイツ)。3大会連続代表。静岡・藤枝東高出。浦和を経て08年にウォルフスブルク(ドイツ)、13年にニュルンベルク(ドイツ)へ移籍。
14年からフランクフルト。
180センチ、72キロ。34歳。
3歳のときにサッカーアニメ「キャプテン翼」の大空翼に憧れてサッカーを始める。

<名古屋グランパスにかつて在籍した選手>
川島 永嗣(かわしま・えいじ)GK。
メス(フランス)。3大会連続代表。埼玉・浦和東高出。
大宮、名古屋、川崎、リールセ(ベルギー)、スタンダール・リエージュ(同)、ダンディー・ユナイテッド(スコットランド)を経て、16年からメス(フランス)。
185センチ、74キロ。35歳。埼玉県出身。
川島選手の名古屋グランパス時代 2004-2006年
2004年、複数舞い込んだ移籍話の中から、あえて当時日本代表で活躍していた楢崎正剛が在籍する名古屋グランパスエイトへ移籍。
しかし当時が円熟期にあった楢崎の牙城は堅く、公式戦では控えに甘んじる日々が続き、結果的にアテネオリンピックの代表メンバーからは外れた。

 移籍後はカップ戦など出場機会が限られていたが、2006年にセフ・フェルホーセン新監督のもと新たなスタートを切った名古屋において、2005年シーズン終盤に負傷した楢崎に代わって先発出場。楢崎が復帰した後も熾烈なレギュラー争いを続けた。このシーズンは結果的にリーグ戦10試合、Jリーグカップ4試合に出場。楢崎から正GKの座は奪えなかったものの、その能力の高さを改めてアピールした。

 吉田 麻也(よしだ・まや)DF。
サウサンプトン(イングランド)。2大会連続代表。
名古屋U18出身。北京、ロンドン両五輪代表。名古屋から10年にVVVフェンロ(オランダ)移籍、12年からサウサンプトン。
189センチ、78キロ。29歳。長崎県出身。
小学校2年生のとき、地元長崎市の南陵FCでサッカーを始める。
名古屋グランパスのユースセレクションを受験し、合格し、愛知県みよし市に移住(受験者の中で合格をしたのは70人中、吉田を入れて4人)。
その後、豊田高校普通科に進学。在学中にユース(U-18)の日本代表に選ばれた。
吉田麻也選手の名古屋グランパス時代 2007年 – 2009年
2007年シーズン開幕前、古賀正紘・秋田豊・角田誠等が退団し、層が薄くなったセンターバックにコンバートされ、第9節大分トリニータ戦で初出場を果たした。19試合に出場。

2008年シーズン、就任したストイコビッチ監督の信頼を受けて序盤はバヤリツァとともにセンターバックのレギュラーとしてチームを支えた。7月14日には北京五輪代表に選出。グランパスではシドニー五輪にオーバーエイジ枠で出場した楢崎正剛を除けば初のU-23日本代表への選出であった。出場は敗退決定後のグループリーグ第3戦オランダ戦だけであったが、マッチアップしたFWロイ・マカーイと互角に渡り合った。五輪招集により一時的にレギュラーから外れたものの、22試合に出場。第22節鹿島アントラーズ戦では初得点も挙げた。シーズン終盤には、決定力不足を補うために高さを生かしてFWとして起用されることもあった。
2009年シーズンは引退した大森征之から背番号4を受け継ぐ。25試合に出場し、名古屋DFの軸として活躍した。12月21日には、既に予選突破を決めており若手中心のメンバーで臨む方針だったアジアカップ最終予選・イエメン戦に向けたフル代表に初招集され、この試合でフル代表デビュー。シーズン終了後の12月28日にオファーを受けたオランダのVVVフェンローへ完全移籍。

本田 圭佑(ほんだ・けいすけ)MF。
パチューカ(メキシコ)。3大会連続代表。石川・星稜高出。北京五輪代表。名古屋から08年にVVVフェンロ(オランダ)、10年CSKAモスクワ(ロシア)移籍。
ACミラン(イタリア)を経て、17年からパチューカ。
182センチ、74キロ。32歳。大阪府出身。
本田圭佑選手の名古屋グランパス時代  2005年 – 2007年
 高校卒業に際して複数のJリーグクラブからオファーを受け 名古屋グランパスとプロ契約を結んだ。本人の希望により加入時の契約に「オファーがあれば海外クラブへの移籍を認める」という条項が盛り込まれていた。2005年3月5日、ジェフユナイテッド市原・千葉戦でクラブ史上4人目となる高卒ルーキーの開幕スタメンでプロデビューしアシストを決めた。4月28日、第8節東京ヴェルディ1969戦でプロ初ゴールを決めた。翌年のプロ2年目からレギュラーに定着した。

次回に続く
「海外のプロサッカー選手にも大きな影響を与えたサッカーアニメ「キャプテン翼」放送中です!」