Blog / KANO空感設計 あすまい空感日記・・・明日の私(MY)の住まい

近江八幡の古い町並み その5 ヴォーリズ設計などの洋館

前回のブログの続きです。
近江八幡の古い町並みの中に、ヴォーリズ設計などの洋館建築が点在しているのが、この町の独特なところです。
ウィリアム・メレル・ヴォーリズは、1880年にアメリカに生まれ、1905年に滋賀県立商業学校(現在の八幡商業高校)の英語教師として来日しました。
以後、この地でキリスト教の伝道に尽力しつつ、医療、福祉、教育に関するあらゆる活動に携わりました。
建築家としても活躍し、関西地方を中心に約1600棟の建物を設計しました。
そして、これらの活動を支えるため、メンソレータム(現:メンターム)で有名な製薬企業「近江兄弟社」を創設しました。
1941年に日本に帰化(日米開戦間近の時期に帰化とは驚きです)し、一柳米来留(ひとつやなぎめれる)と改名、1958年には近江八幡市の名誉市民第1号に選ばれています。

白雲館(旧東八幡小学校)は、国の登録有形文化財です。(明治10年築)

八幡小学校は、大正6年に田中松三郎氏の設計で建てられた校舎が、72年間使われてきましたが、平成2年にオリジナルの意匠を復元改築し、現在も小学校として使われています。
こんな文化財みたいな小学校に通っている子供たちは、自然と、文化を継承したり、町並み保全を考えてくれるようになるのでしょうね。

↑小学校近くの池田町洋館街には、ヴォーリズ設計の洋館が3棟並んで建っています。

↑日本キリスト教団近江八幡教会。
もともとはこの場所に、1924年にヴォーリズが建てた教会が建っていたが、火事で焼失し、1983年に建て直されました。

↑ヴォーリズ設計の旧八幡郵便局(大正10年築)。
1961(昭和36)年まで郵便事業をやっていたが、その後玄関部分が取り壊されていたとか。2004(平成16)年に地元のヴォーリズ建築保存再生運動を目指すNPO「一粒の会」によって再生されました。
江戸以前からの古きよき日本と、西洋の文化が入ってきた頃の雰囲気を残した、異国情緒漂う明治や大正ロマンを感じさせるすばらしい町でした。
夕方から行ったため、外観からしか見られない建物も多かったので、また行きたい町だと思いました。

近江八幡の古い町並み その4 八幡堀沿いの蔵や民家

前回のブログの続きです。

近江八幡市立かわらミュージアムの外観を見学した後、琵琶湖につながる運河である、八幡堀沿いを散策しました。

石垣の上に、蔵が立ち並ぶ様は、圧巻です。

ところどころに、このように八幡堀に降りられる階段があり、親水空間となっています。





夕日がきれいでした。

桜の季節に行ってみたいものです。

本当にすばらしい、風景でした。
次回に続く。

近江八幡の古い町並み その3 近江八幡市立かわらミュージアム

前回のブログの続きです。

近江八幡の町が、他の古い町と大きく異なるのは、琵琶湖とつながった八幡堀という運河の存在です。

↑運河が曲がるところに建つ、近江八幡市立かわらミュージアムは、和モダンの建築家 出江寛さんの設計です。
20年くらい前に見学したことがあります。

運河沿いに立ち並ぶ蔵(↑写真運河の左岸)との調和や蔵をモチーフとしたデザインをしながら、建築家としての独自性・作家性も表現した、すばらしい建築です。





次回に続く。

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