Blog / KANO空感設計 あすまい空感日記・・・明日の私(MY)の住まい

安城市の明治川神社見学 水の神様と明治用水建設の功労者を祀る神社

住宅設計の敷地調査に安城市へ。

明治時代に作られた、明治用水は、豊田市の矢作川の水源公園付近の頭首工から、西三河南西部一帯に延びる農業、工業用の用水路です。

豊田市、安城市岡崎市西尾市南市高浜市刈谷市知立市に水を供給しています。

岡崎市内にも別の幹線ルートで、北野幹線という名で流れていることを知りました。

明治時代の「明治」の名前を冠するほど、大規模な事業でした。

明治用水(明治本流)の完成を記念して、1885年に建立された明治川神社には、水に関係の深い3柱の神様と、都築弥厚、伊豫田与八郎、岡本兵松という明治用水建設の功労者3人とともに、枝下(しだれ)用水功労者の西沢真蔵も祀られています。

先日、豊田市の建築見学に行った時に知ったのですが、豊田市からは、枝下(しだれ)用水もあり、明治時代に、かなりの苦労をして建設されました。
その時の過去ブログ
「愛知県内の古建築や近代建築物等の国登録有形文化財の特別公開 豊田市見学 その2 「豊田市近代の産業とくらし発見館(旧・愛知県蚕業取締所第九支所)」

安城市はその後、「日本デンマーク」と呼ばれるように、農業が発展していきます。

南の鳥居(北からの参道前にも鳥居があります)

太鼓状の神橋のかかる神池の先に、拝殿があります。

池の中のモニュメントは笠をかぶった農民のイメージです。

立派な拝殿です。

奥に見えるのが、本殿。

神楽殿

隣に建つ伊佐雄神社には、明治用水関係者ではない池や川や他の用水など、水にまつわる方々も祀られています。それもみな、存命中にです!

ずいぶん低い鳥居です。
北の鳥居

次回ブログは、近くの明治用水のメイン幹線である明治本流の見学です。

天恩寺(重要文化財)の隣の八幡宮見学 珍しい石垣や石積基礎

前回のブログの続きです。岡崎市旧額田町の天恩寺の隣の八幡宮の見学です。
八幡宮や地域名を付けた八幡宮と呼ぶ神社は全国にたくさんあります。
岡崎では、伊賀町の伊賀八幡宮や八幡宮(上地)、八幡宮(土呂)が重要文化財です。
前回のブログで書いたように、天恩寺の石垣と同様に、隣に建つ八幡宮の石垣も珍しいです。
社殿の基礎や階段も同じ積み方の雲母片岩です。
額田町各地に残る、イノシシ除けの猪垣も同様な石積で作られています。いつか見学に行きたいと思います。
万足平(まんぞくだいら)の猪垣は、愛知県指定文化財であり、有形民俗文化財です。岡崎きらり観光百選にも選ばれています。

岡崎市旧額田町の天恩寺(重要文化財)見学 足利尊氏の遺言で義光が創建し、徳川家康公の命を救った「家康公見返りの大杉」のある寺

住宅設計の敷地調査に岡崎市旧額田町へ。

新東名高速道路の岡崎東IC近くの天恩寺を見学しました。
仏殿(地蔵堂)と山門(日本最古の薬医門)が重要文化財です。日本最古の薬医門

鎌倉時代の承久の乱以降、三河は足利家一門の領地となり、足利尊氏の遺言で義光が創建しました。

1335年、矢作川の戦いで敗れた足利尊氏がこの地に敗退し、延命地蔵に祈願したところ、戦勝したためです。

風情ある階段を上がっていくと総門が見えます。 

総門脇の三十三観音堂。数えると三十三体の観音様が鎮座しています。

境内には杉の巨木が並び立ち壮観です。中でも、ひときわ大きい杉があり、「家康公見返りの大杉」と呼ばれ、岡崎市指定天然記念物です。

家康公が長篠の戦いに向かう途中、戦勝祈願に訪れた際、延命地蔵菩薩から、「家康、家康」と呼び止められ、ふり返ると大杉の影から、敵方の刺客が矢を差し向けるところだったのです。

命を救われた家康公は何度も馬上から見返り、戦場に向かいました。

放生池にかかる太鼓状の石橋を渡った先に見えるのが仏殿です。放生池は禅宗の寺院で見られます。

石垣が珍しく、この地に多い雲母片岩を積み重ねてあり、美しいです。

寺を見学する前に、隣の八幡社(神社)を通っていきましたが、そこでも見られました。

薄い石は、石仏等の屋根や側板としても使っていて、珍しいです。

右手には苔むした階段の先には水盤舎が見え、とてもいい雰囲気です。


強い反りがある入母屋造、檜皮葺屋根の禅宗様の仏殿は、重要文化財です。

軒は二軒扇垂木で大きく張り出しています。

命地蔵菩薩を祀ってあります。

仏殿と築地塀でつながる、山門(日本最古の薬医門)も要文化財です。

家康公が長篠城へ向かう際に天恩寺で一泊した翌日、大杉の下まで来た時に延命地蔵に呼び止められ、大杉の影から矢を射る敵から寸前で身を守ったという逸話があります。家康公が長篠城へ向かう際に天恩寺で一泊した翌日、大杉の下まで来た時に延命地蔵に呼び止められ、大杉の影から矢を射る敵から寸前で身を守ったという逸話があります。

方丈

なぜか、明治期の旧日本軍の絵が多数掲げられていました。お寺で初めて見ました。珍しいです。

足利家や家康しかり、明治以降も戦勝祈願の寺として崇拝されてきたからでしょうか。

山門前の立派な松は、岡崎市指定名木です。

大きくて立派な水盤舎

鐘楼 格子のすきまから鐘が見えました。

次回は隣の八幡社(神社)です。独特な石垣や尊厳高い雰囲気がよく、一緒に見るといいです。

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