Blog / KANO空感設計 あすまい空感日記・・・明日の私(MY)の住まい

あじさい寺 幸田町の本光寺のあじさいが満開

幸田町の郷土資料館へ三河地震や深溝断層について調査に行った後、近くのあじさい寺として有名な本光寺に寄ってみました。

参道の両側のあじさいが満開です。

石畳みがいい風情です。少し急で歩きにくいですが。

三河のあじさい寺と呼ばれる曹洞宗 瑞雲山 本光寺は、徳川家を支えた松平十四家の1つ深溝(ふこうぞ)松平家の菩提寺です。

深溝松平の初代となる松平忠定公が開基となり、大永3年(1523年)に本光寺が建立されました。

15種類約10,000本のあじさいが咲いています。

いろんなあじさいを楽しめます。

2012.07.05「建築
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三河地震を起こした深溝断層見学 その2

昨日のブログの続きです。

深溝断層を見学した後に、幸田町の郷土資料館(こちらの個人のホームページに詳細あり)に行って、三河地震や深溝断層について調べました。

↑三河地震直後の写真パネルがありました。

↑深溝断層は、三河湾中央から北へ延び、幸田町で、西へ曲がり、吉良町で、北へ延びています。
断層沿いや西尾市や安城市を中心に震度7の大きな地震が起きました。(地図中の数字は震度)

↑断層部分に樹脂を流して、型をとり、展示してありました。

館内は、こられの展示の他、古墳時代の遺跡や近代の古民具などがたくさんありました。

敷地の外に出てびっくりです。

なぜか、館内の展示とは全く無関係の自衛隊の戦闘機やヘリコプター、大砲、潜水艦のスクリューなどが展示されていました。
近くの三ヶ根山の山頂に、殉国七士廟があり、その関係があるのかな。
幸田町は、大企業の工場があって、財政豊かな町なので、スレート屋根の古い倉庫然とした郷土資料館を建て替え、展示を、見やすくし、また、屋外展示物を残すのであれば、それとの関係性ももたせた展示をしたほうがいいと思いました。
近くには、あじさい寺として有名な本光寺があり、観光客誘致だけでなく、郷土を知り、郷土に愛着をもっていただくためにも、必要な館だと思います。

三河地震を起こした深溝断層見学 その1

昨日のブログの続きです。

蒲郡のお施主様宅からの帰りに、幸田町の深溝断層(ふこうぞだんそう)に行ってきました。

太平洋戦争末期の昭和20年1月に三河湾を震源とする三河地震が起こり、死者2306名という大きな被害を出しました。
被害は広く愛知県の広範囲に及び、西尾市(旧幡豆郡)で1170名、安城市(旧碧海郡(現岡崎市矢作町、六ツ美町含む))で851名、蒲郡市(旧宝飯郡)で231名、額田郡(幸田町、現岡崎市福岡町)で26名などです。
遠くは半田市や名古屋市でも死者が出ています。

この地震を引き起こしたのが、深溝断層という活断層です。

この断層の一部が残されています。
今、見ると、段々畑か棚田のように見えますね。
断層のずれを視覚的にわかりやすくするために、色分けされたポールが断層をはさんで、両側に立っています。
2本が対になっていて、低い方に着色されたポールの色の先端が、高いほうのポールの下のほうにあるのが見え、1.5m地面に段差ができたことが分かります。
次回に続く。

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