名古屋・新栄住まい時代の設計事務所勤務時代の思い出
前回ブログの続きです。
<名古屋・新栄住まい時代>
のちの妻となる女性と運命的に出会い、つきあい始めたのは、入社二年目で、名古屋の新栄に住み、大須の青島設計へ通っていた頃です。
二年目となり、当時、名古屋一高い、超高層マンションを設計するチームに入って、設計を終え、豊田市のメーカーの独身寮をメイン担当させてもらいました。展望浴室のある寮です。
その頃は、青春を謳歌していました。
妻は、岡崎出身で、岐阜女子大学家政学部住居学科を卒業し、三橋建築設計事務所(現・三橋設計)の名古屋事務所に勤めていました。私と同様に、当初は、実家から通っていましたが、2年目から、昭和区の杁中でひとり暮らしをしていて、丸の内の事務所に通っていました。
東京本社の大きな設計事務所です。
当時はバブル末期で、景気がよかったです。
新日軽というサッシメーカー主催による、一泊二日の北陸の工場見学旅行があり、二人とも参加しており、そこで知り合いました。
新日軽は、その後、INAX、トステム、東洋エクステリア、サンウェーブ工業とともに、LIXIL(リクシル)に統合しました。
リクシルについては過去ブログ
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