Blog / KANO空感設計 あすまい空感日記・・・明日の私(MY)の住まい

岡崎と聖徳太子7 西方寺太子堂 聖徳太子十六歳姿の像

前回ブログの続きです。
前回は、「岡崎と聖徳太子6 松應寺太子堂 徳川家康公が父 松平広忠公を弔うために創建 昭和レトロな旧花街の松本町の町並み」
岩中町(常盤南学区)の西方寺(さいほうじ)の太子堂に、聖徳太子十六歳姿の像があります。
かつては、真宗高田派本山専修寺(三重県津市)の御宝物であったと伝えられています。
前々回ブログで書いた妙源寺柳堂で、親鸞が説法した際、当寺の慶念上人が感銘を受けて帰依し、天台宗から浄土真宗に変え、寺名も変えました。
西方寺 岡崎市岩中町荒井3
http://www.oklab.ed.jp/tokinan/gakkutizu/meisyo/no5.htm
 

岡崎と聖徳太子6 松應寺太子堂 徳川家康公が父 松平広忠公を弔うために創建 昭和レトロな旧花街の松本町の町並み

前回ブログの続きです。
前回は、「岡崎と聖徳太子5 浄珠院太子堂 聖徳太子直作の聖徳太子像 徳川家康が三河一向一揆勢と和睦」
岡崎市中心市街地の旧花街である、松本町に、松應寺(しょうおうじ 松応寺とも)に付属する、聖徳太子を祀った太子堂があります。
松應寺は徳川家康公が、父 松平広忠公を弔うために創建しました。
松應寺 wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%BE%E5%BF%9C%E5%AF%BA
太子堂は、1805年に建立され、松應寺の境内から少し離れた、レトロな町並みの中にあります。

太子の命日の毎月22日にご開帳です。

松本町は、市内唯一の木造アーケードがあり、不思議な昭和レトロ感のある町で、国際現代美術展である、あいちトリエンナーレ2013の岡崎会場のひとつになりました。
 次回に続く。「岡崎と聖徳太子7 西方寺太子堂 聖徳太子十六歳姿の像」

岡崎と聖徳太子5 浄珠院太子堂 聖徳太子直作の聖徳太子像 徳川家康が三河一向一揆勢と和睦

前回ブログの続きです。
前回は、「岡崎と聖徳太子4 満性寺太子堂 聖徳太子二歳姿の南無仏像と太子直筆の阿弥陀経、三河一向一揆で徳川家康に味方」
JR岡崎駅近くの上和田町の浄珠院(じょうしゅういん)に太子堂があります。

聖徳太子直作の聖徳太子像があります。
聖徳太子像縁起
https://www.zyousyuin.org/engi/shoutoku/

三河一向一揆で、徳川家康が本陣を置き、その後、一揆勢との戦いを終わらせるため、太子堂の前で、三河一向一揆勢と、誰一人断罪に処することなく和睦を結び、徳川三百年の礎を築いた平和の象徴の地です。
松平信孝(家康祖父の弟)の墓があります。
浄珠院 公式HP
https://www.zyousyuin.org/
次回に続く。「岡崎と聖徳太子6 松應寺太子堂 徳川家康公が父 松平広忠公を弔うために創建 昭和レトロな旧花街の松本町の町並み

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